第二話

「準備を終えた一年生は至急、スタジアムまでお越しください」


 ジムのスピーカーからアナウンスがそう告げた。


「そろそろ行かないとな」


 アップを済ませた昇は、自分の籠手を履くと、スタジアムへと急いだ。


 ここ、カワンガ魔闘士学園では、他の科と同じく、入学の際にクラス分けが行われる。

 他と違う点としては、生徒の「魔力」「戦闘力」「思考と知識」を基にして分けられるという点だ。

 そして昇は、その三つの内の一つである「戦闘力」を、今から「手合い」によって計測される。


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 スタジアムには、教師、生徒、その親たちが年齢や種族を問わず集まっていた。彼らが見守る中、一人の生徒が出てきた。その生徒は、尖った耳を持った長身の男エルフで、槍を肩に担いでいる。


 彼が出てきた瞬間、多数の女子たちが黄色い歓声を上げた。その人気はなかなか凄まじいようで、横断幕まで掲げられている。

 その大人気な生徒とは反対の方向から昇は出てきた。だが、誰も彼に見向きせず、気にも留めていないようだ。


 しかし、何人かは彼を食い入るように見ていた。もちろん美奈もそこに含まれている。


 止まない歓声の中、エルフの生徒は昇に話しかけた。


「君が……万行まなめ昇くんだね?不幸だったねぇ、初手が僕だなんて」


「いいえ、そんなことは思ってはいません、玉城たまき先輩。むしろラッキーですね」


「ほう?そりゃまたどうして」


「こんなに拍手喝采を浴びてるんです。そんな人が相手なら、勝っても負けても……」


 昇は足を開き、手の間に前後間隔を取る。拳法の「防」系統の構えだ。


「俺の糧になりますからねッ!」


 昇はそう言うと、ニッと笑みを浮かべる。玉城はその笑顔を見て、自分のプライドを嘲笑われたように感じて、カッと怒りを感じた。だが、彼は同時に疑問も抱いていた。


(何故この一年は、こんなにも達観しているというか……落ち着いているんだ?)


 試合開始のゴングが鳴った。それと同時に、両者、自身の体にオーラを流す。すると、互いの体から流紋が出始めた。

 玉城の周囲には緋色。これは火や熱の「力」を操る「色」である。一方、昇の周囲には透明無色のオーラが浮かぶ。これはただ単純に、根源的だが矮小な「力」を操るしか出来ない、最も基礎的な「色」であった。


 先に仕掛けたのは玉城。彼は槍に緋のオーラを纏わせ、真っすぐに槍を構える。そうして、流線形の姿勢をとった彼は、弾丸のように相手目掛けて突っ込む。


(明らかな直線運動……!まさかこれだけでは済まさないよな?)


 昇はそれをかわしつつ、攻防どちらにも移れるように両腕にオーラを集中させる。かわされた玉城は槍を会場の地面に刺し、急ブレーキをかけた。


「まぁ、及第点だな。出来ない奴は門も通れないから、当然だがな」


(次はどう攻めてくる……?)


 昇がそう思った瞬間、玉城は槍を踏み台にして、空中へと飛び上がった。そして足にオーラを行きわたらせ、回転しながらキックを仕掛ける。


「キター!玉城さまの大技『業火強襲ヘルファイア・ブリッツ』よ!」

「一年の子には悪いけど、玉城さまのあの技を見れてラッキーだわ!」


 観客の歓声が飛ぶ。昇はそれを意に介せず、腕を縦に構えて防御の体制を取った。


羽衣防壁フェザーシャッター……!これで衝撃を吸収するッ……!)

 唇の動きのみによる詠唱。それと同時に、「無色」のオーラが流れ出し、彼の腕を中心に、上質な布の如く、しなやかに腕を覆っていく。


(こいつ……何故「色付き」のオーラを使わない?)


 重い一撃を、昇は強化した腕で受け止めて弾いた。


「やはりでしかないッ!」


 しかし、玉城はそれに動じず、すかさず受け身の体制に入る。その瞬間を狙って、昇は彼の懐に潜りこみ、鋭いアッパーを食らわせる。が、拳は顎を掠れて、玉城の髪を少し切っただけだった。


「舐めてるのか…?「無色」ばっか使いやがって!」


 玉城は突然怒り出した。しかし、その原因は髪を切られたからではなかった。


「別に舐めてるわけじゃありません!ただ俺は……」


「黙れっ!僕は舐められるのが二番目ぐらいに許せないんだ……ッ!許さないよ……君を……ハチの巣にしてやるっ!」


 彼は突き刺さっていた槍を握りしめ、引っこ抜いた。刃引きがされているとはいえ、本気で刺されたならケガは免れないであろう。


「まずは君の髪を焼き尽くしてやるッ!」

 そんな代物を、玉城は炎に包んで構え、突撃してきた。


「業火強襲・ヘルファイアブリッツ・ランスッ!」

(これなら避けられないはずだ!)


 槍に纏われた業火は激しさを増して、遂には玉城をも包んだ。轟々と燃える炎の突撃槍ランスだ。直撃ならもちろん、かすっただけでも大怪我は免れないだろう、そう考えた昇は少し不安を覚えた。


 観客席にいる美奈に、騒ぐ女生徒の一人が話しかける


「あの子ちょっとかわいそうね、入学早々皆の前で燃やされるなんて」


 言葉では同情しつつも、その表情には嘲りが含まれていた。しかし、美奈は彼女の言葉に怒りを表さず、それどころかキョトンとした顔で言った。


「……??なにを言っているんだ?まだ当たってもいないが?」

 

 女生徒はその余裕さに少し焦って反論する。


「いや、あの状況はどうやってもケガしちゃうでしょ!?」


 それでも美奈は動じなかった。それどころか軽く笑ってすらいる。


「彼はそんなに……ヤワじゃない。なんせ私が鍛えたのだからな」


 美奈は当惑する生徒を尻目に、自分の義弟に微笑みを向けた。


 打って変わってスタジアム。昇は全身のオーラを再び腕へ集中させ、両方の手のひらを前へと突き出した。


「あれは……基礎の防御技法か……?あんなもので防げるというのか……?」


 観客席にいた一人の男子生徒が呟く。彼はフードに隠した緋色と蒼色のオッドアイで昇を興味深そうに見ていた。


「血迷ったかっ!そんなショボい『盾』なんかでっ!」


 玉城の槍は更に激しく太陽の如く炎を纏う。辺りに熱によって陽炎ができる。


「僕のこの一撃が防げるものかぁぁぁっ!」


 彼はそう叫ぶと、膨張した”太陽”を槍投げの要領で昇目掛けて放った。その業火を浴びるランスは、とんでもない勢いで風を切り、あまりにもちっぽけな盾を貫こうとする。

 そして昇の体は火球に包まれる。そこには人の形をした炭が残る……


「いやぁ僕としたことが、少々本気を出しすぎてしまったようだねぇ」


 玉城はそう言いながらニヤリと笑った。


「あちゃ~。やっぱりあの子、やられちゃったみたいねぇ?」


 女生徒がニヤニヤと笑いながら美奈に話しかけた……が、美奈はやはりそれを涼しい顔で流していた。


(やれるはずだ……昇!)


 『新入生の万行昇は入学式初日、玉城会長によってメンツを叩き折られる』……玉城は、来週発行の学内誌の内容を考え、笑いが止まらなかった。


 その笑い声を絶つ者がいた。


「どうやら上手くいったみたいだな……」


「なんだぁっ!?」


 玉城はその声の方を振り向いた。そこには煙が立ち上がっている。その煙から昇が現れた。


「枝垂桜……美奈姉ぇから習っておいてよかった……」


「き……君……なんで……」


 なんと昇は火球を防ぎ切った。それどころか体についた砂埃すら払う様子も見せている。


「はわぁ~すごいです~自身のオーラで炎を水のように流したんですね~」


 観客席で無心にホットドックを食べていた、顔を黒い毛に覆われた羊の獣人が、感動してそう呟いた。


「今度はこちらの番です」


 昇はニィッと笑って拳を固め、反撃の構えへと移った。



 


 


 

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