第一話

 その少年はある悪夢を見ていた。その夢の中で彼は、底なし沼に成す術なく飲み込まれているような絶望感に襲われていた。


 目の前で自分家と家族が燃えているのに、彼は金縛りにあったかの如く、そこから一歩たりとも動けず、それどころかその惨状から目を背けることすら許されない。


 助けを求める声が聞こえ、消防車の甲高いサイレンが響く。焦げ臭い匂いが鼻を貫き、熱気が体にまとわりつく。


 それはまさしく地獄であった。

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のぼる…昇…」


 その時、どこからか少年の名を呼ぶ声が聞こえた。その声によって彼は体中を汗まみれにしながら、悪夢から目覚めることができた。


「昇、またあの夢を見たのか?」


 心配そうな様子で声をかけたのは高身長の単眼の女性だった。彼女が昇を起こしたようだ。


「そうみたいだな……やっぱり、緊張するとあの夢を見やすいらしい」


「今日は入学式だからな、緊張してもしょうがない。とりあえず着替えを済ませようか、昇」


 そう言うと、彼女は昇の服を脱がし始めた。


「待て、なにをするんだ!やめてくれ美奈みなねぇ!」


 昇は急いで美奈と呼んだ少女の手を止めさせる。その手は、ズボンを下ろす直前で止まった。


「なにって……可愛い義弟おとうとの着替えを手伝おうとしただけだが?ネクタイとかもあるし……」


「流石に俺でもそれぐらい出来るぞ?!美奈ねぇは下で待っててくれ!」


 昇は美奈を部屋から追い出すと、急いで着替え始めた。追い出された彼女は、不満そうに口を尖らせて膨らせた。



 昇が支度を終えて下に降りると、湯気を立てた一汁三菜の朝食が二対、並んでいた。主菜はベーコンエッグ、副菜が野沢菜の漬物と味噌汁。バランスの取れた食事である。


「お父さまとお母さまはまだ寝ている。先に食べていてくれと言われた」


 美奈が椅子に座りながらそう言った。


「お母様も見に来れないのか……」


 昇は白飯を頬張りながらも、少し寂しさを感じていた。


 朝食を終えて支度を済ませると、二人はいつものように並んで学校へと向かった。




 


 




 

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