22話『ふしぎなふたり』

 「え、あれ? 」


 面談室の扉を開くと、意外なふたりが、向かい合って座っていた。


「あ、あ、こ、こんにちは……」

 

 ひとりは、大会用の原稿と絶賛睨めっこ中のマキノ。

 そしてもうひとり──……


「おっす! 」


 クライシ マサハル。


「へ? 」


 マキノがクライシとふたりきり? それも随分と和やかな雰囲気だ。

 俺とミソノイは、思わず顔を見合わせた。


「あの、ザイツさんとセンザイさんは」


 俺が尋ねると、クライシは「あー」と体を仰け反らせた。


「部長は知らん。センザイちゃんは……たぶん、ホームルーム中じゃねえかな? それか掃除当番か。もうすぐ来ると思うけど──」


 気だるげに答えると、クライシは「で」と、前のめりでマキノに向いた。その手には、文庫本が握られている。


「ごめん、シグちゃん、この漢字の読み方、もっかい教えて! 」

「あ、これは、、ですね」

「ホーヨーね。さんきゅっ! 」


 クライシは無邪気に礼を言うと、「ホーヨー、ホーヨー」と、知能の低いつぶやきを口ずさみながら、鉛筆で文庫本に書き込んだ。

 一方マキノは、「い、いえ」と言いながら、特に嫌悪を示している感じはしない。


 クライシを嫌ってるマキノが、ふたりきりで仲良くお勉強? どうなってんだ?

 俺とミソノイは、もう一度顔を見合わせる。


「で、クライシセンパイは何してるんすかあ? 」


 今度はミソノイが口を開いた。

 質問を受けたクライシは、「見て分かんない? 」と、自慢気に本の表紙をチラチラとこちらに掲げた。

 『わたしがひらく』。マキノが、ビブリオバトルで発表する予定の本だ。


「本読んでんの」

「読書っすか。てっきり後輩から国語の授業受けてんだと思っちゃいましたー」


 クライシの言葉に、ミソノイの返し。こいつ、なんて毒舌だ。まあ、俺も同じ事を思っていたが。


「ひっでえ、センちゃん! オレ、これでも先輩よ? 副部長だしい? シグちゃんに色々アドバイスもしてたんだから! ね、シグちゃん? 」

「あ、は、はあ、まあ──……」


 話を振られて、マキノが困ったような微笑みを浮かべてうなずいた。

 それでも、ミソノイの攻撃は止まらない。


「げ! クライシセンパイにまともなアドバイスなんてできるんすかー」

「センちゃん今日、やけにオレに当たりキツクね? からくね? 」


 クライシは不服そうに口を尖らせる。


「アドバイスくらいできるよ! オレ先輩よ、先輩! 大会だって出たことあるしい? 」

「そういえば、クライシさんは何の本を紹介したんですか? 」


 いくら苦手なクライシだとしても、後輩の女の子にここまで馬鹿にされては可哀想だ。俺が話を逸らすと、クライシは、急に明るい表情になった。


「えーとねー、オレはあ、『さんかく食卓の風見鶏』って小説をね、紹介したよ」

「へえ、どんな内容だったんすか? 」


 ミソノイが質問すると、クライシは「え? センちゃん、オレに興味ある感じ? 」と寝ぼけた様なことを言ったが、その視線に気がついたのか、すぐに、「冗談冗談! 冗談だから! そんな顔しないでって! 」と発言を撤回した。


「家族の話だったよ。なんか、のほほんとした」

「へえ──で? 優勝やら入賞やらしたんですか? 」


 からかい返されたミソノイが冷たく聞く。クライシは「いやあ」と頭を掻いた。


「それがさあ、その大会のレベルが、めちゃ高くてさ。入賞も逃したっつーか、なんつーか」

「なあんだ、聞いて損した。参考になんないじゃん」

「損ってこたあねえだろお? な、ルリっち! 」

「あ、いや、まあ」


 俺が返答に詰まっていると、意外なところから声が飛んできた。


「あ、あの……えっと、あの……ク、クライシ、先輩……えっと、あの、質問、よろしいですか……? 」


 マキノだ。


「え? シグちゃんがオレに質問? マジ!? いいよ、いいよ! 何でも答えちゃうよ! 」

「えっと、あの……その時の、優勝者って、あの──」

「優勝者? ああ、間藤マドウ ノゾミ? 」

「マドウ ノゾミ──」


 俺が反復したのに、クライシは「うん」とうなずく。 


「処沢大学附属高等学校3年、マドウ ノゾミ──優勝当時は2年だったけどね? ノゾミって名前だから、てっきり可愛い女の子かと思ったら男でよお。ガッカリしたんだよ。そんで、覚えてる」

「沢大附属かあ」


 クライシの説明に、ミソノイが「はあ」と溜息を吐く。


「共学御三家じゃん。そりゃ、勝ち目ないっすね。超絶頭いいもん」

「その、あの……マドウさんって方は、あの、その、ど、どんな発表を……? 」


 マキノが尋ねる。


「なんか、すげかったよ。なんつーの、熱狂的、っつーの? 見た目はガリ勉地味眼鏡のくせにさあ? 」

は熱血漢だからねえ」


 突然、背後から声がして、俺らは思わず跳ね上がる。

 振り返ると、扉の前に、ザイツとセンザイさんの姿があった。


「ザ、ザイツさん! それに、センザイさんも。いつからそこに──」

「びっくりしたあ」


 俺とミソノイが言うと、ザイツは「ごめんごめん」と何の悪気も無く謝り、そそくさと自分の定位置に腰を下ろした。ザイツの後ろにくっついてきたセンザイさんもそうしたから、俺とミソノイも、ソファに座ることにした。


「ノゾミとは、2年前の、それこそ、ビブリオバトルの大会で出会ったんだよ。同じ学年ってこともあって、意気投合してね。それ以来の付き合いだ」


 俺たちが座るのを確認するが否や、ザイツは、昨年のビブリオバトル覇者、マドウ ノゾミについて語り出した。

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