21話『いいヤツ』

 担任がホームルームの終わりを告げると、生徒たちはガヤガヤバラバラと帰り支度を始める。


「ルリヤ、ばいばーい! 」

「うん」

「ルリヤ今日も部活う? 」

「うん」

「ルリヤ、あしたDORAGIのCDねえ」

「うん」

「ルリ、またねー」

「うん」


 丈の短いなんちゃって制服を着る女子たちの、キャッキャと聞こえる挨拶を適当に流して、俺は立ち上がった。


 いつまでもウダウダと帰らない男子生徒らの壁をすり抜け、ひと際賑わう、廊下側の席。ひと際静かな一角。


「何? 」


 ミソノイが尖った視線で俺を見上げる。


「部活、行かないの? 」

「行くけど。何」


 こいつは、本当にさあ──……

 でも、俺はグッと堪える。


「いや、どうせなら、一緒に行かないかなって」


 その言葉に真っ先に反応したのは、背後の馬鹿男子共だ。ヒューとさっむい茶々を入れ、お互いに顔を見合わせて、体を突き合って笑ってる。


「キタムラとミソノイって、そんな関係な感じ? 」

「マジ? マジ? 」

「同じ部活なんだから普通だろ」


 俺の反論にも、ヤツらは「そうかなー」とニヤニヤだ。一生そうしてろ、馬鹿共が。俺は無視する。


「行こうよ」


 ミソノイを見下ろす。


「いいけど」



 「キタムラってさ、本当、訳わかんねーよな」


 未だ賑やかな廊下を並んで歩くミソノイが言った。


「は? 何で? 」


 お前の方が訳わかんねえよ、と言葉を押し殺して、俺は聞き返すだけにする。

 ミソノイはいつものムスッとした顔で、「なんかさ」と答える。


「人付き合い、面倒くさがりそうなのに、交友関係広かったりとか、マキノ シグレみたいなヤツにも話し掛けたりするじゃん? 」

「マキノは同じ部活だし」


 俺の回答に、ミソノイは一瞬ギョッとした顔を見せた後、ジトッと口を尖らせて、「あたし、あいつ嫌い。見ててイライラする」とつぶやいた。

 俺にとってはどっちもどっちだけどな。俺は聞き流してやることにした。


「人付き合いは確かに面倒だけどさ。ないがしろに方が面倒じゃない? 程よく周りに馴染んで、程よく空気で居れたら、それに越したことないじゃん」

「でもお前馴染めてねーじゃん、女たらし」


 ミソノイの口から飛んできた突然の攻撃に、俺は「はあ? 」と思わず声を荒げた。


じゃねえよ。あいつらが勝手に絡んでくるだけ! クライシみたいな馬鹿共と一緒にしないでくれ」


 学年首位のミソノイは、俺の失言を聞き逃さなかった。「あーあ」と陰湿に口角を上げた。


「センパイの悪口言ってるの聞いちゃったー。ま、あたしもあの人苦手だからいいけど」

「まじか。アイツ、誰からも嫌われてんな」

「誰からも? 」


 ミソノイは俺の言葉を繰り返す。


「うん。マキノからも嫌われてる」

「まじ? アイツも人の事嫌いになるんだ」

「な」


 俺は、ミソノイの感想に内心安心しながら短く返事する。


「でも」


 とミソノイ。


「ザイツセンパイはクライシセンパイのこと好きだよ」

「まあ、あの部活を引き継いでくれる貴重な存在だからな。嫌いなんて言えねえだろ」

「違くて」


 階段を下る人の流れに合流する。


「なんつーの? 人間として? 好いてるらしーよ? 本人から聞いた。この間、図書室でたまたまザイツセンパイと出くわしてさ。その時に言ってた。「マサハルはいいヤツだよ、アイツ以上にいいヤツに出会ったことない」ってさ」

「マジかよ」


 部室がある1階に到着する。


「ザイツさんってさ、掴みどころないよな、本当」

「分かる。あとお節介。その時も、あたしの大会原稿の進み具合を心配してきたし。「いつでも相談乗るからね」ってさ」

「げ」


 相槌を打って、面談室の扉を開ける。

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