19話『最低な男』

 “マキノがクライシを嫌っている”ということを知って、俺はなんだか不思議な気持ちになった。


「うーん、このままだと5分の発表時間に届かないね。何か付け足さればいいんだけど」

「な、何か……」

「シグレは主人公のアカリに共感したって言ってたよね? それに付随した、エピソードとかがあると、尚いいと思うんだけど。どうかな? 」

「エ、エピソード……あ、はい、あ、す、すみません……」


 ザイツからアドバイスを貰うマキノを見た。

 何かを言われる度にソワソワして、何でもかんでもうなずいて、意思がないようにしか見えない。

 こんなマキノにさえ、ちゃんと嫌いな奴がいる。嫌いな奴がいるってことは、普通なら当たり前なことなんだが、マキノに関しては、それが何となく信じられない。


「てかシグちゃん、字めっちゃ綺麗じゃんね? 」

「え……あ……そ……そう……ですか……あの……ありがとう……ございます……」


 クライシに原稿を覗き込まれて、マキノは顔を曇らせた。


 あ——……


「オレ、字下手だからさあ、いいなあ! 」

「あ……はい……」


 あいつ——……


 クライシの視線がマキノの胸部に向いているのに気がついた。ナンパするだけならまだ百歩譲って許せるところもあるが、最低だな。


 あからさまな視線に嫌悪感を覚えていると、「マサハル、ちょっと調べて貰いたいものがあるんだけど、図書室に行ってきてもらっていいかな? 」とザイツが割り込んできた。


 どうやらザイツも、クライシやつの視線に気がついていたようだ。


「この本とこの本を探してきて欲しいんだけど、お使いよろしくね」


 とクライシにメモを押し付け、面談室から追い出したザイツは、マキノに振り返ると、「ごめんね」と眉を弧の字にした。


「へ? あ、いえ……あ……はい——」


 ザイツからの謝罪に、マキノは顔を赤くした。


「あの……大丈夫……です……」


 小さく言ったマキノの目には、涙が溜まっていた。俺はいよいよ、クライシに腹が立ってくる。


「本当にごめん」


 ザイツは再度謝ると、苦い顔で頰を掻いた。


「マサハルも、あいつも、悪気はないんだよ。信じられないかもしれないけど。なんて言えばいいのかな、悪い癖って表現したらいいのかな。女の子に弱くてね。人を選ばず、ああなんだ——本当に申し訳ない」

「え……みんなに……ですか……? 」

「うん、女の子、みんなに——」

「みんな……」


 「みんなに」と言い合いながら、どんどん表情が固くなるザイツに反比例して、マキノの顔は、何故か明るくなっていった。


「マサハルには、毎回注意してるんだけどね。そういう奴だと思って欲しいな——」

「あ、は、はい」


 笑みを浮かべながら、マキノがうなずいた。


 変な奴。


 俺は首を傾げた。

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