18話『コーラはちょっと』

 「えっと、ザイツさんがコーヒーで? クライシさんがコーラっと……マキノは何にする? 」

「えっ、あっ、う、うち、ですか……? 」


 大会の原稿作りのために居残ると宣言した俺らに、ザイツは酷く感動したらしい。


 「いやぁ! 熱があるというのはいいことだねえ! ねえ、マサハル! 」


 と、クライシの背中をバンバンと叩き、尻ポケットから財布を取り出した。


 「喉、乾いてないかい? 好きな物買ってくるといいよ。ボクと、マサハルで奢るからさっ! 」


 クライシは、「ええっ!? オレも金出すっすか!? 」と叫んだが、マキノの顔を見るや否や「ま、まあ、センパイっすもんね」と鼻の下を伸ばした。

 欲望の塊か。


 ってな訳で、今こうして、ふたりで校門前の自販機に買い出しに来てるのだ。


「あ、あの……キタムラ、君、は、決まりました、か……? 」


 マキノは自販機のラインナップをオドオドと見回した後、俺に尋ねた。


「ああ、俺もコーヒーにしようかな」


 答えると、マキノは「はい……」と視線を落とした。


「すみません、私、あの……とろくて……」

「謝ることじゃないけど——」


 まあ、とろいということは事実として。とは流石に言わなかったが。


「コーヒーとかは? 」

「あの、うち、あの、コーヒー、苦手で……」

「コーラとか? 」

「コーラは、クライシ、先輩が……」

「オレンジジュースとかは? 」

「ええっと……」


✳︎


 消去法に消去法を重ねた結果、結局お茶になった。

 飲み物程度でこんなに時間掛かることねえだろ。俺は内心ムカムカしていた。


 校庭を横切る。

 俺は隣のマキノに聞いた。


「マキノってさ、好き嫌い激しい人? 」


 俺の質問に、マキノは「へ? え? へ? 」と目を瞬かせた。この反応さえも、鈍臭い。ため息を必死に我慢する。


「食べ物とかの、だよ。飲み物選ぶのにも苦労してたからさ、好き嫌い激しいのかなって思って」


 説明を付け足すと、マキノはやっと質問の意味が分かったらしく、うなずいた。


「あ、はい、あの……そんな、好き嫌いは、ない、です……すみません……」

「ふうん」


 昇降口で靴を履き替える。


「コーラとか、苦手なのかと思った」

「コーラ……あ、特に……偶に、飲みます……」


 『牧野』と小さく記名された上履きが視界に入った。少し灰色に汚れている。


「きょうはコーラの気分じゃ無かったとか? 」

「あの……いえ……コーラ、は……クライシ先輩が、飲まれるので……それが……」


 低い声でボソボソ答えたマキノに、だからって飲んじゃいけない理由にはならなく無い? と言おうとして、気が付いた。


 もしかして。


「マキノってさ、クライシさんのこと、嫌いなの? 」

「えっ、あっ、は、へっ!? 」


 どうやら図星だったようだ。


 マキノは少し固まった後すぐに、思い出したかのように首をブンブンと横に振った。


「い、いえ! き、嫌いでは! すみません! 」


 なんて分かりやすい反応なんだ。

 俺は思わず吹き出してしまった。


「でも分かるよ。俺もちょっと苦手。なんて言うの? ちょっとチャラいよね。あからさますぎて、引くっていうか」

「──は、はい……」


 マキノは、どこかホッとしたようにうなずいた。それから、「うち、あの……あの……うちは……あの……」と何度か言葉をこねくり回していたマキノだったが、とうとう諦めてしまったようだ。


「うちも、あの、クライシ先輩が、あの、よく、分からなくて──」


 と呟いたきり、口を閉ざしてしまった。


 マキノは俺に、何かを伝えようとしていたのだろうか? 分からない。

 俺はそれ以上をマキノに問い掛けなかったし、マキノも、俺に話そうとはしなかった。

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