17話『一夜十起?』

 「こんな感じ……ですか……」

「うーん、もうちょっとシンプルにまとめた方がいいね」


 面談室の長机を囲んで、俺たちは大会用の原稿を書いていた。

 弓手では、ザイツがマキノの原稿を添削している。


「センちゃん、この漢字なんて読むの? 」

一夜十起いちやじっきも読めないんですかあ? 」


 馬手では、クライシがミソノイから国語の授業を受けていた。


「イチヤ……ジッキ……? なんだそれ」

「ええ!? センパイまじですか? 」


 驚くミソノイに、『わたしも知らない』とセンザイさんがホワイトボードを見せた。


「ええ、まじい? キタムラは知ってるよね? 」


 突然話を振られて、俺はギクリとした。


「えと、一夜十起、だっけ? ごめん、俺も知らない」

「ええ! 」


 ミソノイは大袈裟に驚くと、うーむと唇を尖らせた。


「一般的な用語じゃないのか……」


 呟くと、その一文を原稿用紙から消した。

 俺も、また自分の原稿用紙へ視線を戻す。


『都立あかねヶ丘高校 北村 瑠璃哉  僕が紹介する本は、記憶の隅社から発行されました、『母に贈る100の言葉』というエッセイです。タイトルにある通り、老若男女100人が、自分の母親に対して伝えたい言葉を、手紙形式でつづっています。』


 というところまで書いた。が、その後が中々浮かばない。


「シグレは、この物語のどこに共感したの? 」

「えっと……」


 マキノの原稿を覗くと──なんだ、俺のとどっこいどっこいだ。

 ザイツからの質問に、マキノはもじもじと口を開いた。


「えっと……うちは、あの、登場人物に、あの……共感、しました。前の部活で、本の、えっと、紹……介? の時に、お話させていただいたと、あの、思うんですけど。主人公のアカリって、子は、もう、何もかもが完璧で、その、凄いんですけど、えっと……その分、誤解されがちで……えっと、あの。そこが、あの……うちは、完璧じゃないし、あの、こんなんですし、えっと……全然、真逆っていうか……でも、あの……その……誤解、されがちっていうのは……あの……似てて……だから……はい」

「なるほどね」


 失神しそうなほど歯切れの悪いマキノの話を、最後まで聞き切って、ザイツは笑顔でうなずいた。全く、相当なお人好しだ。


「あの後、ボクも読んでみたんだよね」

「え、あの、本当、ですか……? 」


 マキノが顔を上げた。


「うん。シグレがおすすめした本だからね。本当にいい本なんだろうなと思って、読んでみた」

「ど、どう、でした? 」

「良かった! 視点が三人称だったのに、キャラクターたちの心情が繊細に描かれていたし、愛情に溢れている作品だったね。ありきたりな表現になってしまうけど、読んでいて、心が温かくなったよ」

「で、ですよね……! 」


 ザイツの言葉に、マキノは目をキラキラさせた。言葉にしきれない感情が、胸の前で握りしめた手に表れている。


 あれ?


 そこで気がついた。

 俺、マキノが笑ったとこ、はじめて見たかも。



 下校時間まで残って原稿を勧めたい、と言い出したのは、なんとマキノだった。

 ザイツとクライシはマキノに付き合って居残ることにし、センザイさんは用事があるからと面談室から出て行った。


「あたしも帰ろっかな。用事はないけど。キタムラも帰るよね? 」


 鞄を持ち上げたミソノイに聞かれ、俺は、何を思ったのか。


「いや、俺も残ることにするよ。原稿が全然進んでなくて」


 と、言ってしまった。

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