15話『図書館の会合』
『3年C組』と書かれたプレートを見上げて、ため息をついた。
「はあ、上級生の教室なんて、面倒臭い……」
取手に指を掛けようとした瞬間、ドアが開いて飛びのいた。
「わっ、びっくりした」
「ザ、ザイツさん——」
✳︎
図書室。長机を挟んだ向かい側で、本のページを繰るザイツを眺めていた。
『わたしがひらく』——……マキノが紹介していた本だ。
「この本、面白いですか? 」
俺が聞くと、ザイツはページから視線を上げた。
「うん。面白いよ」
「マキノの発表聞いて、ですか? 」
「うん、そうだね。センパイ紹介してた本は読んでたから、今はシグレのだね。もちろん、ルリヤの料理本も、きのう帰ってから読んでみたよ」
もしかして。
「全員分の読んでるんですか? 」
聞くと、ザイツは「もちろんだよ」と、豪快に笑った。
「ボクは部長という立場上、みんなにアドバイスをしなくちゃいけないからね。その本の知識なく、いいアドバイスなんてできない、でしょ? 」
「そ、それはそうですけど——でも、なんか、凄いですね」
「そうかな? 本は好きだし——」
ザイツは首を傾げた。
「でも、好みとかもあるじゃないですか。苦手なジャンルとか、読んでて苦痛になりませんか? 」
俺の言葉に、「ああ、そういうこと」とザイツは首を上下させた。
「ルリヤの言う通り、ボクにも得意としていないジャンルの本もあるけど。でも、言論部部長の仕事には、関係のないことだよね? 」
ザイツの回答に、俺はうなずくことも首を振ることもできなかった。
代わりに、頭を掻く。
「ザイツさんって、なんで言うか、掴みどころがないっていうか、変わってるっていうか——」
「ははは、よく言われるよ」
それよりもさ、とザイツ。
「いい本あった? さっきからずっと難しい顔してるけど」
俺の表情を読み取れてんなら分かるだろ。俺は舌打ちしそうになるのを、ぐっと堪えた。
「いや、まだです。中々こう、ピンとくるものがなくて……」
次の部活までに、ビブリオバトルで紹介する本をもう一度選び直せ。そう言われて、貴重な昼休みを割いている俺だが。やはり、どの本も好みじゃない。
「ルリヤは、普段、本とか読むの? 」
ザイツは再び『わたしがひらく』に目を落としながら言った。
「いえ。それが、全く」
「そうか」
と言っても、活字が全く読めないとかじゃない。
俺が本を読まない理由。それは至って単純。時間の無駄だからだ。他人の空想を見ている暇があったら、料理の研究がしたい。家の掃除がしたい。
本を読んでいても鯖の味噌煮はできない。窓のサッシから埃は拭えない。
無駄なんだ。今、この行為自体が。
こっちは恋愛もの……こっちは青春……こっちは異世界ファンタジー……どれもこれも、つまらない夢物語だ。
俺は、はあと溜息をつきながら、悪戯にページを弾くだけだった。
と、俺の目の前に、スッと黄色い表紙が差し出された。ザイツからだ。
「へ? 」
「それ、読んでみてよ」
『母に贈る100の言葉』——……
「偶々家にあったんだ。ボクの感想としては——ルリヤの言葉を借りると、”苦手なジャンル”だったけど。けど、ルリヤになら、合うと思ってね。心配しなくても大丈夫。新刊書だし、ちゃんとここの図書室にもある本だから」
「ああ、ありがとうございます……」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
ザイツは静かに本を閉じると、俺に、今日は部活に出なくてもいいよ、と告げた。
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