14話『買い出し』

 「鶏がらスープの素だったらこっちの方がいいよ。さっぱりしてて、量の調節もしやすいんだ」

「それ、買ってみたことあるんですけど、湿気りやすいんですよね」

「うーん、確かにね。ボクは結構色んなメニューに使っちゃうから消費が早いけど、あんまり使わないってなると、保存が面倒かもね」


 ところで疑問は、俺とザイツが、どうして肩を並べて、夕飯の買い出しをしてるのか、という点だろう。


 それは、約1時間前。部活の時間まで遡る。


✳︎


 「じゃあ、最後、ルリヤだね」


 マキノから俺へ、視線を移したザイツは、手元でメモを取ったコピー用紙を小さく折り畳みながら、以下のように言った。


「うん。ルリヤには何にも言うことが無いよ。発表頑張ったね。お疲れ様」

「へ、え、あ……はい」


 あまりの呆気なさに、俺は肝を抜かしてしまった。

 

 と、ザイツが、「ルリヤ、この後いいかな? 」と質問してきた。


 この後は買い出しに行って、家に帰って、夕飯を作るんだ。俺の唯一の至福の時間だ。いい訳ないだろ。無理矢理入らされた部活に、これ以上時間を割いて溜まるか。


 俺は勿論、「えっと……あの、この後、用事が——」と断ったのだが。


「うん。たぶんボクも、ルリヤと同じ予定だから大丈夫だよ」


 と、押し切られてしまった訳だ。


✳︎


 俺はしゃがんで調味料を吟味しているザイツを見た。

 ガタイだけ見れば、いかにも体育会系なこの男。筋肉質な腕で、砂糖のラベルを真剣に見比べている姿は、なんとも奇妙だ。


「ザイツさんも、料理とかするんですか? 」

「ボク? んー、そうだね。時々。ルリヤは毎日? 」

「そうですね。知ってると思いますけど、俺、父子家庭なんで」

「偉いね」


 偉い——?


 俺は、ザイツの言い方に、首を傾げた。

 俺は好きで毎日家事をやってる。そんな、同情するみたいな言い方をされる覚えなんてない。


「俺は、好きでやってるんで」


 ザイツの背中に言い放った。


「うん。分かってるよ」


 静かな声が返ってきた。


スーパーここに来てから、ルリヤの目がキラキラしてるからね。本当に、料理が好きなんだなって分かったよ」


 やっぱりこっちにしたよ、とザイツはファンシーなパッケージの砂糖を片手に立ち上がった。


「ルリヤのお母さんも、料理上手だったの? 」


 こちらに振り向くと、質問してきた。


「ええ、まあ」


 母さんの作る料理の味は、今でも忘れない。俺の目標だ。


「特に、味噌汁と肉じゃがが美味しくって」

「味噌汁と肉じゃがかあ。本当に料理上手な人のラインナップだね」

「はい。母さんの遺品から、肉じゃがのレシピを見つけたんですけど、何度試してみても、あの味にならなくて……」

「うん……」


 俺の言葉に、ザイツは上の空でうなずいた。ファンシーな砂糖を買い物かごに投げ込むと、何か、ポツリと呟いた。

 「そうだったんだな」と言ったように聞こえたが。


「ザイツさんの家はどうなんですか? 」

「うん? 」

「ザイツさんのお母さんは、どうなんですか? 料理」

「ああ、うちの母親」


 俺の質問に、ザイツは不思議な笑顔を浮かべた。


「料理ねえ……どうだったかな。覚えてないや」

「覚えてない——」

「うん。ボクの家も母親いないからさ」

「あ……すみません」


 ザイツの回答に、俺はハッとした。

 俺は自分ばかりが、特別な家庭だと考えていたからだ。


 俺の謝罪にザイツは「いいよ、いいよ」と首を振った。


「ボクの場合は祖母がいるからね。ボクの役割は食材の買い出しと、その他体を使う家事くらいだよ」


✳︎


 重たいレジ袋を下げて、俺とザイツはスーパーを出た。


「今日はありがとう。ルリヤと話せてよかったよ」

「いえ」


 俺の返事を聞いて、ザイツは目を細めた。


「じゃあ、ボクは、このまま駅に向かうから。今日は本当にありがとうね」


 「こちらこそ」と、俺が言いかけた時だった。

 駅の方へ爪先を向けたままで、「あ、そうだ」とザイツが振り返って来た。


「ビブリオバトルのことだけど」

「え? はい」

「次の部活までに、紹介する本、選び直しておいてね」

「は?! 」

「相談ならいつでも乗るからね。3のCの教室だから。じゃ! 」


 そしてザイツは処沢駅へと消えて行った。


 え、ちょっと、今、ザイツあいつ、何て言った? 次の部活までに本を選び直して来いって言ったか?


 次の部活って——……


「明日じゃねえか! 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る