12話『わたしがひらく』
ザイツは、ミソノイにしたのと同じ質問を俺にした。
「著者名と書名は? 」
「津田 遠子先生の、『毎日つくりおき』です」
メモを取ったザイツは、「料理本を選んだんだね」とうなずいた。
「それじゃあ、あらすじ、ではないね。本の内容を教えてくれる? 」
と、聞かれても──と、俺は唸る。
「料理の本、ですね。えっと、つくりおきの」
「うん、そうだよね」
俺の戸惑いに、ザイツは笑顔で返した。
「ルリヤは、この本以外に料理本読んだことあるかな? 」
「ああ、はい。一応」
「その本と、何か違いってあった? 」
ザイツからの問いを受けて、俺はハッとした。
”内容を教えてくれ”って、そうだよな。この質問で聞きたいことは、他の本との違いだ。少し考えたら分かるだろうが。
「他の本との違い、ですか──」
自分の頭の回転の悪さにムカムカしながら、思い出す。
津田 遠子先生の特徴といえば──
「味付けの仕方が、他の料理本より、薄味……ってところですかね。つくりおき料理って、やっぱり、レンジで温め倒したり、そういうのがあるので、あの、やっぱり、味付けを多少濃くする傾向にあるんですけど、これは、そういうのがなくって」
「成る程ね」
ザイツたちは俺の言葉を文字に残す。
「じゃあ、最後の質問。この本を、どんな人に読んでもらいたいかな」
「えっ──」
てっきり、ミソノイと全く同じ質問をされるのだろうと予測していたから、頭が真っ白になった。
「どんな人に、ですか……ええっと……料理する人、ですかね」
俺の回答にザイツは、「うん、そうだね」とうなずき返した。その口角が、一瞬吊り上がった気がした。
「ありがとう、ルリヤ。じゃあ、最後はシグレだね」
「は、はいっ……! 」
ザイツから話を振られて、マキノは体を硬直させた。
「そんな緊張しなくていいよ。ただ質問に答えてくれるだけでいいから」
「ぶちょー、それ、超AVっぽいっす! 」
クライシの下品なボケに、周りは、というか、主にマキノを中心に凍り付いた。が、ヤツはどこまでも能天気だ。ひとりでゲラゲラと笑っている。
一方ザイツは、そんなクライシを横目でチラッと見ただけで、返事はしなかった。代わりに、マキノに向かう。
「お決まりの質問だけど、著者名と書名は? 」
「えっと……種田しおり……さん……の、ええっと……あ……『わたしがひらく』……です……」
「わたしが、ひらく、ね。うん、あらすじをお願い」
「あ、あ、はい……ええっと……あの……女の子が、ふたり、出てきて……ええっと、その、女の子、アカリとミホって言うんですけど……あ、その前に、すみません……アカリって、ケイヤって男の子……あ、あの……アカリの幼馴染の、男の子、なんですけど、えっと……その……ケイヤと、その、別れちゃってて、あの……で、あの……ミホと、出会って……」
「ケイヤが? 」
と、クライシ。
「い、いえ。あの、アカリと、ミホが、です……すみません、分かり辛くて……」
「ううん、大丈夫だよ。ゆっくり話そう」
ザイツが優しい笑みを浮かべた。
*
ミヤベ アカリは、高校生活最後の夏休みに、幼馴染であり、彼氏だったイソガイ ケイタに振られた。理由は、彼が、他の女の子を好きになってしまったから。
美人で、何をやるにも完璧で、プライドが高いアカリにとっては、これ以上ない屈辱だった。
ケイタが好きになった人物、それが、ワタナベ ミホだ。
ミホはアカリと同じクラスの、おっとりとした女の子。何でもキビキビとこなすアカリとは、正反対のタイプだった。
アカリは無意識のうちに、ミホをライバル視するようになる。
そんなアカリとミホだったが、9月に開催される体育祭の実行委員に選ばれる。
最初アカリは、ミホへの嫉妬心と、どんな時でもおっとりとした”いい子”な性格にうんざりして、彼女を遠ざけようとするが、ミホには、人には言えない、暗い過去があって──
*
簡単にまとめると、こんな感じの内容だ。
これを、マキノは、10分も掛けて話した。
ひと単語喋る毎に「ええっと」「あの」と言葉を詰まらせるマキノに、クライシは眉を顰め、ミソノイは貧乏ゆすりを隠し切れず、俺は壁掛け時計の秒針を眺めていた。
まともに最後まで話を聞いていたのは、ザイツと、センザイさんだけだろう。
ふたりは、マキノのひと言ひと言に、律義に相槌を打ち、助け舟を出し、尽くせるだけ尽くしていた。むしろ、このふたりが居たからこそ、マキノのあらすじ紹介が10分で収まったまである。
ただ照れ屋なだけなのか、容量が足りないのかは分からない。マキノが話を終え、ようやく膝を揺らすのを止めたミソノイは、嫌味たっぷりに、「何だか2時間映画を見た様な満足感だった」と感想を投げつけた。
「じゃあ、最後の質問だよ」
ザイツは質問を続ける気だ。
ああ、もうこれ以上
俺も、そしてミソノイも頭を抱えていた。
「ルリヤへの質問と似てるけど、ちょっと違うよ。……この本を、誰に読んでもらいたい? 」
ザイツの質問に、マキノは、お決まりの、「ええっと……」と行った後、ゆっくりと答えた。
「うちに……」
「へっ? 」
「うちみたいな人に、読んでもらいたい、本、です……」
マキノがほとんどつぶやくように言う。
「うち、見て分かる通り、本当に、駄目で、あの、語弊があるかもなんですけど、あの、人が、ええっと……人が、あんまり……あの……得意ではなくって……だから、あの、そういう人に、読んで、貰いたいって……分かり辛くて、ごめんなさい……」
言葉を括って、マキノは深く俯いた。
相変わらず、耳まで真っ赤だ。
でも、「私みたいな人に読んでもらいたい」──か……
「今度読もうかな」
クライシが本を取った手を、俺は視線の端で見た。
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