11話『殺人者たちへ』

鴻向こうさき ごうって人の、『殺人者たちへ』」

「『殺人者たちへ』ね──……うん。どんな話だった? 」


  ザイツは、テーブルの中央に置かれたA4のコピー用紙とペンを取り、ミソノイの回答を書いた。横を見ると、センザイさんも、馬鹿なクライシも、同様にメモを取っていた。


「あらすじってこと? 」

「うん、そうだよ」

「えっとお、ミステリーでした。キノっつー雇われウェブ・ライターが主人公。キノはまじでライターの才能が無くって、取材から文章から、何もかもがつまんないの。それでもお情けで仕事は貰ってたんだけど、キノの記事だけ一向に閲覧数が伸びない。でえ、とうとうキノは首切られそうになんの。次の記事が駄目だったら終わりだって感じで……」



 うだつが上がらないウェブ・ライターのキノは、彼の同期である売れっ子ライター、ウジイエに相談を持ち掛ける。するとウジイエは、ニヤリと不敵な笑み。


「本当は他人に教えたくないネタなんだけど、キノ君には恩があるからね」



「でえ、ウジイエが言うネタっつーのが、とある不審死事件のことだったんす」


 *


「青梅不審死事件? 一時期メディアが騒いでたやつだよね? でもそれって解決したはずじゃ。犯人は確か、ニシノミヤって男──」

「いやいやキノ君。それが解決してないんだね。ニシノミヤ カズトモ、今どこにいるか知ってます? 精神病棟ですよ、精神病棟! 檻ん中には入ってないんですなあ、それが! 」



「ということは、その、ニシノミヤって犯人は、疾患があったってことだね? 」


 ペンの先を紙につけたままで、ザイツが質問する。ミソノイも、本の背表紙を眺めたまま、首を上下に振った。


「です。裁判で一度有罪判決が下ったものの、再審の末、無罪になりました。理由は、ニシノミヤの持っていた精神疾患。ニシノミヤは、物心ついた頃には既に両親から虐待を受けていて、学校では酷いいじめに遭ってたみたいです。解離性同一症、で分かりますかねえ? ニシノミヤは、まさにそれだったんです」

「つまり、多重人格、ということか」

「はい」



 平均的な顔をした細身男、ニシノミヤ カズトモの身体には、13もの人格が眠っていた。ひとりひとり名前も違えば、性別も違う、そしてなにより衝撃だったのは、国籍さえ違っていたのだ。


「主人格は臆病な青年です。根暗で、ウジウジしてて、何もできないいじめられっ子。はいつも、周囲から見下され、迫害され、いじめられてきました。そんな彼を押しやって出てきたのが、通称”ギニー”です」



「ギニーはニシノミヤと正反対の性格をしてました。なんつーか、自己中で、暴力的で、沸点が劇的に低くって」

「じゃあ、そいつが殺したって? 」


 クライシが前のめりになって聞いた。


「いいえ。それが、違うんです」



「ギニーがやったんじゃないとすれば、誰が? 」


 尋ねたキノに、ウジイエは気持ちの悪い引き笑いを見せた。


「さあ? それが分からないっつーんですよ。裁判を開く度、ニシノミヤの人格は変わる。ある時は”チョウ”という中国の老人。ある時は”アリーナ”というロシア人の少女。その全員が、可笑しな事に、「ジブンが殺った」って言ったんです」



「「ジブンじゃない」じゃなくて? 」

「はい。で、ウジイエはキノに、この事件の真相を解いて欲しいって、ニシノミヤが入院してる精神病院の地図を渡します。でも、いざキノが行ってみると、そこはもぬけの殻。ニシノミヤがいた病室だけがってことじゃないっすよ? その病院全体が、文字通り、もぬけの殻だったんです。それを見たキノは、この事件に、自分の記者人生を託そうと決めるって感じです」


 ミソノイが話を終えると、間髪入れずクライシの歓声が飛んできた。


「すげえ! すげえ面白そうじゃん。超気になっちゃう! 」

『わたしも』


 センザイさんもホワイトボードを掲げ、上品にうなずく。

 俺も気になる。隣に座るマキノも、先程から前のめりで話を聞いていた。


 ただ、ザイツだけは冷静だ。

 ミソノイの話を最後まで紙に書きつけると、「それじゃあ」と質問を続けた。


「センのおすすめシーンを教えてくれる? 」

「──ネタバレんなっちゃいますけどお」

「別に構わないよ」

「ほんとっすかあ」


 と言いながら、俺はすぐさまミソノイの心の声を聞きとった。

こいつ、おすすめのシーンが無いんだ。

 ミソノイは、「うーん、ここもいいけどお」と呟きながら、ダラダラとページを捲っている。そして最終的に、本を投げ出した。


「うーん、決められないですねえ。全部いいと思います」


 ミソノイの回答に、クライシは「えー! 」と不満な声を漏らし、俺は「投げ出したな」と心の中で呟いた。


 一方ザイツは、「うんうん、そういう本だってあるな」と、笑顔で返した。


「質問は以上! セン、ありがとう」

「いえ」


 解放されたミソノイは、ホッと安堵の溜息を吐いた。


「それじゃあ、次は──」


 ザイツの黒目が、隣同士座っている俺とマキノを行き来した。


「ルリヤ、行ってみようか」

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