9話『決死の呼び掛け』

 書評って言っても、どうすればいいんだ?


 昼休み。学校の図書室。新刊書コーナーの背表紙と、睨めっこしていた。

どれもピンと来ない。

それは、いつの間にか隣にいたミソノイも同じみたいだ。


「いい本見つかった? 」


 聞いてみると、ミソノイは目を前に向けたまま、首だけで返事をした。


「俺も。普段本なんて読まないのに、好きな本を1冊持って来いって言われてもなあ。どういう本が好みなのか、自分でも分かってないし」



 それは、きのうの、新入部員紹介兼活動指針発表。

 市で開催されるビブリオバトルへの参加を、強制的に決められてことを知った俺らは、部長であるザイツへひと通り抗議した後、大人しく、大会についての説明を受けてやった。


「さっきも少し説明したが、ボクたちが参加させていただくビブリオバトル──書評大会だね。は、この処沢市が、1年に1度、開催しているものなんだ。書評大会という名の通り、自分の好きな本を発表する。全員の発表が終わったら、「誰が発表した」「どのタイトル」を読みたいと思ったかを、審査員も含めた、大会参加者でそれぞれ選び、投票する」


 「ちなみに、自分に投票するのは無しだよ! 」とザイツは注意する。


「で、各部門で1位から8位までを決める。部門っていうのは、中学生部門、高校生部門、大学生部門の3部門に分かれていて、1校につき3人までの参加制限が設けられているよ」

「シグちゃん、センちゃん、ルリっち! 俺らは丁度3人っすね! 」


 クライシが合いの手を入れた。ザイツは、「そうだね」と優しくうなずき、説明を続ける。


「処沢市が開催する大会では、書評する本に対して、3つの規定が設けられているんだ」



「”ひとつ、各学校の図書室に置いてある本の中から選ぶこと。ひとつ、高校生以上は新刊書の中から選ぶこと。ひとつ、雑誌は書評対象外とする”──……大会まで手厚くフォローするとは言ってくれたけどさ。そのスタート位置に立つところから、もうムズイっていうか、面倒くさいっていうか」


 ミソノイはうんともすんとも反応しない。

 一応同じ部だからって会話しようとしてんのに、無視って何だよ。と、心の中で舌打ちをする。が、このまま無音になるのも気不味い。


「マキノはもう決めたって? 」


 何の気も無く、質問をした。ミソノイの目が、初めてこちらを向いた。


「知らない。何であたしがアイツのこと知ってるって思うの? 」


 ああ、そうだ。こいつ、こういうヤツだった。

俺は、話を続けようとしたことを後悔した。


「いや、女子同士だし、話してんのかなあとか思って」

「女子同士だからってことが理由? 」

「そうだけど」

「別に、女子同士だからって、みんながみんな話すとは限らなくない? 」

「まあ、そうだけどさ」


 面倒臭。

俺は再び内心で舌打ちをする。

もういい、教室に帰ろう。


「決められそうにないな。選ぶの今度にするわ」


 図書室から出ようとすると、後ろから声を掛けられた。というより、背中に声をぶつけられた、と表現するのが正しいだろう。


「どんな内容がいいと思う? 」

「へ? 」


 振り返って見ると、ミソノイが、顔を真っ赤にして立っていた。


「新刊書ってもさ、色々あんじゃん? ふつうのファンタジーもさ、新書だって、ビジネス書だって、同じ本じゃん? だからさ、その、お前は、どういうジャンルで行くのかなって思ってさあ」


 つっけんどんだが、精一杯言葉を紡ぐミソノイに、おや? と俺は思う。

こいつ、もしかして──……


「ミソノイさ、俺のこと、って呼ぶけど、俺にも”キタムラ ルリヤ”って名前があんだから」


 言うと、俺が知る限り、いつも不機嫌そうな無表情を浮かべているミソノイの眉が、クっと歪んだ。


「じゃ、じゃあ、キタムラ! 」


 投げ捨てるように俺の名前を呼んで、耳まで真っ赤にするミソノイ。面白い。


「キタムラはさ、読むとしたら、読むとしたら、どれにする? 」

「だから、まだ決めてないって」


 返すと、「だから、読むとしたらっつってんだろ! 」と、ミソノイは口を尖らせた。


「仮定の話だろ。仮定の! もし、読むとしたら、だよ」

「ごめん、ごめん」

「何笑ってんだよお」


 ミソノイのジトっとした目で見上げられても、脅威を感じることも、もう無くなっていた。


 俺は一度、ドアに向けた足を、本棚に戻した。


「逆に聞くけど、ミソノイはどんな本を読むんだ? 」


 もしかしたらミソノイこいつは、人と話すことに慣れていないだけなのかも知れない。

 気がついたら、途端に気持ちが楽になった。

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