8話『活動指針』
「ビブリオバトル!? ……って、何ですか、それ」
あからさまにやる気の無い態度を取るミソノイ、質問したそうなのにウズウズと口を開けないでいるマキノに代わり、尋ねてやる。
ザイツは、よくぞ聞いてくれた、と言いたげな表情でうなずく。
「ここ、
「書評……大会……ですか」
面倒臭い。
「ああ、そうとも! 」
”書評”という単語に、マキノはともかく、窓の外の景色をぼんやり見ていたミソノイも、ザイツに視線を移した。
「あのう、ザイツセンパイ? あたしの聞き間違いじゃないなら、今、”書評大会”と言いました? 」
「うん、確かに、”書評大会”って言ったよ。センがちゃんと話を聞いていてくれてよかったよ」
嫌味たっぷりにザイツは言って、俺たち1年を見渡した。
「うーん。キミたちの表情を見るからに──シグレは、書評ってどんなことをやるんだろうと思っていて、センは、書評と言論の関係性について考えているね。で、ルリヤは、大会自体を面倒臭がっているように見えるね」
「え? 」
「はい? 」
完全に思考を読まれて、ギョッとする俺たちに、言論部部長の皮を被った超能力者は笑い掛けた。
「うんうん! みんな正直者だね。表情で丸わかりだよ。うん、正直なのはいいことだね。で、まずシグレの質問から答えよう。じゃあ、マサハル」
「何すか」
「”書評”って、何だい? 」
ザイツから質問を受けたクライシは、「何すか、今更」と余裕の笑みを見せた。
「読んで字の如くっすよ。本読んで、批判するっすよね? 」
「うん、大まかな意味としては、そうだね。ただね、マサハル」
ほら、と、ザイツは自身が座る、丁度左手にある背の高い本棚から、分厚い本を取り出して、クライシに手渡した。
「辞書っすか」
「うん。そうだよ。じゃあ、マサハル。折角できた可愛い後輩に、書評とは何か、教えてあげないとね」
「う……っす」
穏やかだが圧を感じさせるザイツの言葉に、クライシは口を尖らせた。辞書のページを捲る。
「し、しひ……あかさたなは……ひ……しょはん……しょひ──あ! あったっす! 」
ええっと、何々い? と、クライシはたどたどしく字を読み上げる。
「『新刊の書物や雑誌の批評』──」
「うん! じゃあ、次に批評を調べてみようか」
「っす」
ザイツに促されるまま、クライシは再び不器用に辞書を繰り始めた。
「見つけたっす、批評。『欠点や長所、又は是非を論じ定めること。善悪を判断すること。美醜を評価すること』ってあるっす」
「うん、そうだね。マサハル。辞書引くの、前より断然早くなっているじゃないか。成長しているね」
「っす」
これで早い……頭が痛くなる……
表情を読み取ったのだろう。クライシの隣に座るセンザイさんが、俺を見てクスリと笑った。顔が熱くなる。
「機会があったらみんなにも言葉を調べてみて貰いたいんだけど、批判と批評は全く同じようでちょっとずつ違うんだよ。批評には、評価するって意味も含められているからね」
「あ、ありがとう……ございます……あの、あ、あの、丁寧に、すみません……」
マキノがほとんどつぶやくみたいな小声で、ザイツにお礼を言った。
ザイツは「うん」と返し、一方、感謝されてないクライシ。
「いいのいいの! いつでもオレに頼ってくれちゃっていいから! 」
と、勝手に鼻の下を伸ばした。
「書評が何かってことも分かったことだし、次はセンの疑問に答えていこうか。書評大会と、言論部の関係性について──」
ザイツが説明しようと身を乗り出した時だった。
「いいえ、結構」
ミソノイは片手で先輩を制した。
「ザイツセンパイの説明で粗方伝わったんで。言論──言葉を使って思想を発表し、論ずることにおいて、批評の精神が大切ってことでしょ? 本ってのは、思想の塊みたいなもんだもん。それは文芸書でもそうだし、雑誌でも。批評にあって批判にはないもの。それは思想的感覚。善いか悪いか、綺麗か汚いかってところ。それは客観的価値観じゃなくって、内向的価値観、いわば思想だもん。ザイツセンパイは、あたしたちにその感覚を鍛えて欲しいと思ってる。でしょ? 」
抑揚なく、淡々と喋り終えたミソノイの声だけが、面談室に取り残された。
圧倒された。
クライシが辞書を捲ってる最中も、ザイツの講義中もぼんやり頬杖をついているだけだと思っていたミソノイの口から発せられた言葉だとは思えなかった。
今まで、どこかニタニタとした笑みを浮かべていたザイツだったが、ミソノイの考察を聞いて、「参ったな」と素の顔になった。
「辞書の下りでそこまで理解してくれるとはね。いや、凄いね。うん。素直に言うよ。凄い。うん。センの言う通りだよ。言論、まあ、ボクたちのいう所では、ディベートだね。は、客観的視点が大事なのは勿論知られているんだけど、それ以前に、自分の思想に向き合うということが大切だと、ボクは考えているんだ」
でだ、と、ザイツはいつもの作った笑顔に戻って話の主導権を取り戻した。
弾丸然と喋っていたミソノイも、また頬杖をつくだけの置物になってしまった。
ただ、視線だけは、もう外ではなく、ザイツに向けている。
「このビブリオバトルだが、我が言論部では代々、キミたち1年生が主体となって出場することになっているんだよ」
「は? 」
俺が反応するより早くミソノイが声を上げた。
「っつーことは──」
「やはりセンは察しがいいなあ! その通り! キミたち1年生だけに、参加して貰うってことさ! もう大会への参加表明はしてあるからね! 頑張ってくれ! 」
「はあ!?!?!? 」
こうして、俺、シグレ、ミソノイの3人は、約1ヶ月後に控える『処沢市主催ビブリオバトル』に、強制的に参加することになった。
「おい! どーゆーことだよ! 説明しろよ! 」と、最早敬語を忘れてしまったミソノイに今回はうなずきつつ、振り回されっぱなしの自分に情けなさも感じた。
ふと振り返ると、一緒に巻き込まれたはずのマキノだけが、人知れず、キラキラと目を輝かせていた。
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