4話『いつもの朝』

 ピピピピピピピピピ──……


 けたたましいアラームの音で、俺は目覚めた。

いつもの悪夢。

母さんが死んでからというもの、何百回、何千回と見た。


 午前5時。

生前、母さんはいつもこの時間に起きていた。

仕事の日はもちろん、休みの日だって。


 今は、俺がこの時間に起きてる。

学校の日はもちろん、休みの日だって。


 起きたら、顔を洗って、歯を磨いて、髪の毛を梳かして、服を着替える。


台所に行き、昨晩の内にタイマーをセットしていた炊飯器の米をほぐす。

冷蔵庫を開けると、一週間分を作り置きしているおかずの、『火曜日・弁当』と書かれたラベルのタッパーを取り出す。

きょうは火曜日。

レンジでチン。

 弁当箱をふたり分用意し、米を詰める。

 まだおかずは電子レンジの中でクルクル回り続けている。

 冷凍庫から、切って冷凍保存しておいた、キャベツを適量ザルの上に出して、水で解凍する。

弁当箱に入れる。

 卵を3個割る。スーパーで売っていた出汁ボトルを入れる。

卵焼きフライパンに油を敷く。

溶いた卵を少量いれる。少し焼く。丸める。油を敷く。少量いれる。少し焼く。丸める。油を敷く。少量いれる。少し焼く。丸める。

 卵焼きをキャベツの上に乗せる。

 ようやく温め終わったメインのおかずを余白部分に詰め込む。


 このまま俺は、朝食の準備に取り掛かるのだが、これ以上グダグダと調理過程を語っても退屈するだけだろう。

俺としては、このまま永遠に料理だけしていてもいいのだが。


 朝食は、父さんと一緒に食べると決めている。

父さんと決めたルールなのだ。

どんなに喧嘩していても、どんなに昨晩遅くに寝たって、朝食だけは、一緒に食べる。


 どんなに仕事に追われていたって。


 母さんがいなくなって以来、父さんは今までよりもずっと、仕事に打ち込むようになった。

俺が学校へ行くよりも早く家を出て、俺が寝てから帰ってくる。


 起こすのは今でも俺の役目だが。

 俺は母さんとの約束を忘れない。


 食卓には、ずっしりとした木のテーブルと、椅子が3つ。


「ルリヤは、料理が上手いな」


 ふたりで、静かにいただきますを言い合って、静かに食べる。


 俺と父さんはあまり言葉を交わさない。

父さんがそうであるように、俺も、俺のことを話すのが、得意ではないのだ。


 母さんがいた頃は、母さんが口下手な俺たちをうまく導いてくれていた。

母さんは、完璧だった。



 父さんにいってらっしゃいをして、俺も学校へ行く準備を始める。


「そういえば——」


 制服に手を通すと、きのうの嫌な記憶を思い出す。


 ザイツの仕掛けた罠にまんまとはまった放課後。

悪の言論部部長は、俺の意思とは関係なく、俺の入部届を職員室に提出すると、さも、ひと仕事終えたみたいな涼しい表情で戻って来て言った。


「と、言う訳で、ルリヤ。改めてありがとう。入部届は大切に扱わせてもらったよ。今、この瞬間から、この部室はキミの物でもあるからね。自宅みたいに寛いでくれていいよ」


「え、あ──」


 俺はまだ入部に納得したわけじゃないぞ。そう言おうとしたのに。


「じゃあ、明日! 新入部員含め全員集合するからね。自己紹介考えておいてね。はい。気をつけて帰ってね」


 ザイツは俺に「え、あ」も言わせる隙も無く、俺を部室から追い出した。


「はあ──……」


 溜息を吐く。



 俺のモットー。

その1,面倒事には首を突っ込まない。

はずだったのに。


「面倒なことに巻き込まれている気が──……」


 俺は、嫌々玄関のドアを押し開けた。

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