2話『はめられた入部届』

 拒否する手も無い訳でもなかったが、クラスの女子の話によれば、ザイツの運営する言論部は、部とは名ばかり。

ただの駄弁り部であるらしい。

現在の在籍人数も、ザイツ、クライシを入れて3人だけ。


 家から自転車で15分で通えるというだけで選んだ学校だったが、部活必須だったとは。

天文学部、漫研、読書同好会、地学部、海生生物部──……

暇そうで早く帰れそうな部活を転々と当たって見ていたが、どれもこれもその道のオタク共ばかりだった。

読書同好会でさえ夏合宿をするという話を聞いた時には、この世の終わりかとさえ思った。


 俺は早く帰りたい。

 叶うならば、六時間目の終了を知らせるチャイムが鳴った瞬間には、教室からおさらばしたい。

 しかし学校の規則に逆らうほど面倒臭いことも無い。

そこそこにいい生徒を演じて、そこそこの評価を得て、そこそこに進学したいからだ。


 以上の理由から、俺はザイツの誘いに乗ることにした。


 あと、今朝、俺が校門前でザイツに絡まれていたのが、俺の知らぬうちに事件となってあらゆるところで噂されていたからという理由も、ひとつにはある。


「あのザイツからスカウトされてた1年だ! 」


「ザイツ先輩からスカウトされたって? 」


「ザイツ君からスカウトされたそうじゃないか。先生は良いと思うぞ、言論部」


 くそ、財津 幸一郎!

 こんな事態にまで発展してしまえば最後。

俺が放課後、面談室のドアを開けないなんて選択肢が閉ざされてしまうじゃないか!

 もし、俺がバックレたりしたとしたなら──恐ろしくて想像もしたくない。

なにより他の教師が俺をどう見るかなんて尚更。



 1階、職員室の隣にあるドアを前に、俺は溜息をついた。


『面談室』


 俺はドアを開くぞ。

そんで、「言われた通り入部しに来ました。はい、これ入部届。では、俺、きょうは用事あるので帰ります! 実は明日も明後日も用事がある忙しい人間なんですけど。で、予定が空くのは、だいたい2年後ですかねえ。でも俺をスカウトしたのはザイツさんですし」とか、そんなことまでは言えねえけど。

「きょうは帰ります」ぐらいは言って帰るんだ。


「よしっ」


 開ける、ぞ──


 ドアの取っ手に手を掛けようとしたら、ドアは勝手に開いた。

 そして、


「うわっ! 」


 前方から巨大な物体が走って来て、衝突した。


「ってえええ!!!! 」


 俺を後方へ吹き飛ばした物の正体。


「おい! ぶつかって痛えじゃねえか! どこの誰かは知らねえが、前はちゃんと見ろよ! おしっこチビるかと思ったじゃんか! って、アレ? 誰かと思ったら、校門の前のチビじゃん。約束通り来たの? 偉いじゃん! 」


「クライシ、さん。前を見るべきだったのは、どちらかと言うとアナタの方だと思いますが。それよりも、ほぼ初対面の相手に向かってって……いくら先輩でも、言っていいことと悪いことが──」


「ああ、ごめん! その話、最後まで聞いてやりてえんだけど、オレ今めっちゃトイレ行きてえんだわ! ごめん! 後で聞かしてな! 」


「ちょっと──! はあ……」


 倉石 真晴。ザイツより学年がひとつ下の、2年生。

今朝、校門前でザイツが紹介していた通り、言論部の副部長。

何より、ザイツからのスカウトで言論部に入部した、いわゆる、ザイツの右腕だ。


 よりによって、何でクライシが。

校内の誰もが思っていることだが。


 頭は悪い、授業態度も最悪、学校にはつけて来てなくとも両耳にボッコボコ空いたピアスの穴、チャラそうな髪の毛の色、実際チャラい、女を見かけたら口説かずにはいられない性癖、もう全てがヤバイ。

 『ヤバイ』という単語がもし辞書に載ったとしたら、いちばん上には『倉石 真晴のこと』と書かれることだろう。


 クライシが変な走り方で去って行った先を睨み付けていたら、今度は別の人物から声を掛けられた。


「大丈夫かい? 」


 ザイツだった。


 ザイツは尻餅をついた俺を起こすと、「怪我はないかい? 」と聞いてきた。


「はあ、まあ」


 と俺が返すと、「よかった」と微笑んで見せ、クライシの態度について、詫びてきた。


「いや、別に、悪いのはクライシさんであって、ザイツさんじゃないですし」


「それもそうなんだけどね……アイツのこととなると、どうも過保護になってしまうんだよ。何て言うんだ、手がかかるヤツって言うのかな。ああいうヤツは、誰かが見ていてやらないと」


 「親か」


 俺は心の中で突っ込んだ。

一歳しか違わないってのに、あんなトラブルメイカーの世話を進んで引き受けるなんて、物好きなヤツ。


「で、ここに来てくれたってことは、入部を決めてくれたってことでいいんだよね?  」


 ザイツの探る様な視線が、俺の全身を弄るみたいに動いた。

なんだ、コイツの目。

穏やかそうな表情を作っておきながら、何より、自分で俺を誘っておきながら、まるで俺をジャッジしているかのような。


「ええ、まあ。せっかくお誘い頂いたんで」


 俺は精一杯涼しい表情を作ったつもりだが、ザイツには、何もかも見透かされているのではないかと。

この目を前にすると、そう考えてしまう。


「そうか、そうか! いやあ、良かった! 」


 と、ザイツの顔から、唐突に不気味な雰囲気が消し飛んだ。


「ボクはね、キミを一目見た時から、ぜひ我が言論部に入って貰おうと思ってね、色々と作戦を練っていたんだよねえ。その為に、ご家庭のこととか、プライベートなことも、悪いと思いながらも、ちょっと聞いたりしてね。先生たちもさ、「キタムラ君みたいな子なら、無理に部活に入って貰う必要は無いし、本人が望めば特別に帰宅部に──」なんて言ってたところをさ、でもボクはどうしてものことが欲しかったからね? あ、そっちの意味じゃないよ。まあ、うちの部に入って欲しかった訳だから、じゃあ、本人が望む形で入部して貰えばいいんじゃないかってね。考えた結果が、今朝のあれだったんだよ。いやあ、我ながら、良い作戦だった……! 大衆の面前でわざと目立つように振舞う! ほら、昔流行ってたでしょ? フラッシュモブ。目立つ演出でプロポーズして、断りづらくするやつ。あれをヒントに実行したんだよ。いやあ、良かったあ、成功して! が周りの目を気にしてくれる子で良かったなあ! 」


 俺が度肝を抜かされている隙に、洗いざらい自白したザイツは、それこそ涼し気な笑みで、「じゃあ、これからよろしくね、! 」と、手を差し伸べてきた。


「よ、よ、よ……」


 俺は、ガタガタ震える体を、何とか堪える。


「よろしくな訳あるかあ! プライベートを探った? 帰宅部でもよかった? わざと断りづらいシチュエーションを作った? そんなんで、よろしくな訳あるかあ! 」


 俺は理性的な人間であるはずだ。

ただ、今回は理性が感情に敗北してしまったというだけ。


「返せ! 入部届を返せ! 」


「嫌だよ。折角が我が言論部への入部を決めてくれたっていうのに!  」


「あと、俺のことを馴れ馴れしく下の名前で呼ぶのをやめろ!!! 」



 結局ザイツは便所から戻って来たクライシに俺のことを押さえつけさせ、俺の入部届を職員室に提出し、俺は晴て、言論部の一員になった……



「くそ! くそ! くそ財津 幸一郎!!! 覚えてろ! 俺は絶対、アンタに仕返ししてやるからなあ! 」

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