お家探索お風呂編


「というわけで、私が家の中を案内します」


 武藤家でのご飯を食べ終えた後、お義母さんの提案で僕の部屋の用意と家の中を案内してもらうことになった。



 そして、その案内役を有希が買って出てくれたのである。



「まずどこが見たい?」


 有希が質問してくる。そうだなぁ……


「うーん、やっぱりまずはお風呂とかトイレとかかな?」


 日常的に使う場所だし、いざってときのために知っておきたい。


「……アーサーの変態」


 しかしそんな僕の考えとは裏腹に、有希が引いたような顔をしてくる。


「ちょっ! いきなりどうしてさ!」


「え? 男子って女子のトイレのニオイ嗅いで興奮したり、お風呂でアンダーヘア探したりするんじゃないの?」


「さ、流石に! ……しないよ?」


 ちょっと、有希のを想像したら興奮してきたじゃないか。


「……アーサーのド変態」


 有希からさらに冷たい視線が突き刺さる。あの、僕何も言ってないですよね?


「……はあ、とりあえずお風呂から案内するわね」


 有希は軽くため息をつきながら歩き始める。


「あの、僕がそういうこと考えるのは有希だけだから! 誰にでも興奮する変態じゃないから!」


 僕も必死に釈明をしつつも、有希と後をついていった。





「おお、これはスゴイ!」


 そして案内された風呂場に着いて僕は驚く。やたらとでかい更衣室から薄々そんな気はしていたが、案の定、目の前にはスーパー銭湯が広がっていた。


 目につくのはとんでもなく広い浴槽。いくつかのブロックに分けられているが、そのどれもが脚を伸ばせるどころか、泳ぐこともできそうなほど広かった。


 しかも、源泉かけ流しなのかお湯が出続けている。


「このお湯ってまさか温泉?」


「その通り。ここって立地的に丘でしょ? だからなのか出るのよね温泉が」


「いきなりすっごいね」


 もうこれだけでだいぶお腹いっぱいだぞ。


「まだまだこれからよ。例えばこれ! 手入れてみ?」


 僕は有希に促されるままにお湯に手を入れる。


 するとバチッと手に電気が走った。


「まさかこれって!」


 電気が走ったことで脳が刺激されたのか、僕の脳内に答えが導かれる。


「そう、電気風呂! 母さんが肩が凝るって言って導入したのよ」


「うわぁ懐かしい! 昔、ローレンスと銭湯に行ったときに入ったなぁ。ビリビリが耐えられなくてすぐに出ちゃった」


 子どもの頃の思い出が哀愁と一緒に浮かび上がってくる。


 まさか、お風呂の紹介でノスタルジックになるとは思わなかった。


「じゃんじゃん行くわよ! 続いてはコレ!」


 有希が指を差した先には3台ほど設置されたジェットバスがあった。そうコレコレ! これもローレンスと一緒に入ったなぁ。


「さっきからお風呂より思い出に浸ってない?」


「だって出てくるものが軒並みスーパー銭湯なんだもん」


「仕方ないでしょ? 母さんは元々庶民だから、こういうのによく行ってたのよ」


「なんだろう。お義母さんとは仲良くなれそう」


「これが家にある時点で違うんだけどね……まあいいや、次はコレ」


「コ、コレって!」


 移動した先で僕は驚きを露わにする。しかし、驚き方がテンプレ過ぎないか?


 なんてことが頭によぎりつつも、似たようにテンプレもテンプレなサウナ室を僕は見る。やっぱりスーパー銭湯でよく見る木でできた空間は、見てるだけで汗が出てきそうだ。


「サウナ、しかもモニター付きよ。ネットにも繋がってるから動画サイトも見放題」


 有希の説明を聞きながら室内に入ると、熱対策を施されたテレビが出口側に取り付けられていた。僕のアパートの奴と同じ大きさがあり、これがサウナ室専用な所にスケールの違いを感じる。


「アニメとか見てたら30分でも苦もなく入れそう」


「アーサーって漫画とかアニメとか見るんだ……ちなみに何が好き?」


「え? そうだなぁ、コレってのはないけどやっぱりジャンブ作品かな。漫画は毎週買ってるし。というか、有希ほ方こそ漫画とかアニメとか好きなの?」


「うん。母さんが昔から見てたし、父さんも漫画集めてたから自然と好きになったんだ」


「あーなるほどね。やっぱり身近にあると見るようになるよね。僕も友達が貸してくれた作品とか見てたらハマったし」


「そうそう。ちなみに私も好きなのはジャンプ作品。私だったらこうするかなぁとかよく考えてる」


「あはは、一緒だねぇ────」


 あれ? なんかクラクラしてき


「大丈夫? 暑さでまいちゃった?」


 立ちくらみでよろけていた所を有希が助けてくれる。ああそうか。サウナ室だから暑さでバテたのか。気づいたらけっこう汗ばんでるし。


 それにしても有希はすごいな。こんなに暑いのに汗一つ掻いてない。


「仕方ない。次に行くわよ」


 ちょっと、少しは休ませ──て⁉


「冷たっ⁉」


 なんてぼんやりした頭で考えていると、僕の顔に冷たい水が浴びせられる。あれ? いつの間にサウナ室から出たんだ? しかもお風呂のへりに座わらされてる。


「次はこれ! 水風呂よ! 一瞬叩き落とすことも考えたけど、死にそうだからやめといたわ」


 さらっと物騒なこと言ってるけど、とにかく助かるよ。


「まずは身体を冷ましましょう。後、ウオータークーラーから水持ってくるから水分補給も」


 有希はそう言って近くのウオータークーラーまで行く。コップを持ってないけどどうするんだろ?


 僕は水風呂に手をちゃぷちゃぷさせながら有希を見ていた。なんかウオータークーラーでワチャワチャやっててかわいい。


「さ、さあ早く飲んで!」


 と思っていたら、パタパタと勢いよく有希が帰ってきた。手のひらに水を溜めているけど、チョロチョロと滴り落ちている。


「いただきます」


 僕は自分の手で有希の手を支えながら水に口をつける。手のひらに触れても冷たい水が、暑い身体に染み渡っていく。汗掻いたときの水って、どうしてこんなにおいしいんだろう?


 そしてあっという間に完飲。手のひらに残った水を可能な限り吸い込む。僅かにだが唇が手のひらに触れるのを感じた。


「どう? 足りた?」


「ありがとう。後は自分で飲むよ」


「そう、よかった……」


 有希が安堵のため息をつく。心配してくれたんだね。


「それにしても、こんなにあっさりバテるなんてね」


「吸血鬼と戦って出血したのが原因じゃないかな。実際、戦ってるとき意識が朦朧としてたから」


「そうなのか……ごめん」


 有希が申し訳なさそうな顔をする。ダメだよ。君がそんな顔するのは。


「謝らないで、僕は平気だから。それよりも案内の続きをしてほしいな」


「大丈夫? 無理してない?」


「してないよ。君と一緒にいれるなら、どんなことも無理じゃないさ」


「もう、言い過ぎだって」


 有希は照れながら笑顔を作る。そうそう、僕が見たいのはそういう顔だよ。


「それじゃあ、行きましょ」


 有希の言葉にコクリと頷く。そして有希に連れられるまま、サウナ室のさらに奥にある扉へと向かった。



「最後、こちら露天風呂になっております」



 有希が扉を開けた先には、石で作られた露天風呂があった。敷居に囲まれて景色は見えないものの、趣のある岩や木が設置されて景観はとてもいい。


「これ……ホントにすごい。家でこのレベルの露天風呂が味わえるなんて」


 スーパー銭湯な中もそうだけど、普通に商売として成立するぐらいよくできている。


「うちはプールがないからね。代わりにお風呂に気合入れてるのよ」


「本当にいいの? こんな立派なのに毎日入っちゃって」


「問題ナッシング。それでアナタがここにいてくれるなら」


「有希……当然だよ。なんだったら、出てけって言われてもなんとかして僕は居座る思うよ」


「ありがとう……」


 そのまましばらくの間、僕たちは黙りこくって露天風呂を眺めていた。心地よい秋風に温泉の湯気が混ざって湿り気を帯びていく。


「さて、湿っぽくなっちゃったしそろそろ次に行こっか? それとももう休む?」


「いや、次に行こう。まだまだ驚くこともあるだろうしね」


 僕たちは湿っぽい空気を入れ替えるため、次の場所へと移動することにした。

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