白馬の王子様の居候生活Ⅱ


 有希との自己紹介を終えた僕は、次に聞きたいのはこれだと口を開く。


「ここは何処なんだい? 病院にしては殺風景すぎるよね」


 僕の疑問に有希は、ああ、そのことねと相槌をうち


「ここは私の家。周りが殺風景なのはさっきまでベッドも何もなかった空き部屋だったから」


 と嬉しそうに説明してくれた。


 やっぱり、有希が気絶した僕を運んで、ベットまで用意して寝かしてくれていたようだ。


 僕は、有希が自分のために、そこまでしてくれたことに心の底から感謝した。


「さて、実は私も、アーサーに言わなきゃいけないことがあるの」


 有希は改まった口調で、やや深刻そうに告げた。


「何かな? まさか! もしかして彼氏がいるとか……」


 僕はそう言いながら、有希が見知らぬ誰かと仲良くしてる姿を想像し、絶望的な気持ちになる。


「えっ? 残念なのかは分からないけどそれはいないよ。じゃなきゃあんなこと言わないし。というか、いたことないよ私」


 しかし、有希は何当たり前のこと言ってんの? とでも言いたげに否定する。


「本当かい!!」


 これは僕にとって思わぬ誤算だ! 有希は僕から見ても信じられないほどに美人だ。そんな彼女にまったく男性経験が無いなどありえない、と半ば諦めていたのに!



 神は僕に味方している!



「う、うん……って、話が逸れてる! アーサーは恋愛にばっかり頭が行き過ぎ! 別に嫌ってわけじゃな

いけどね!」


 有希は文句があるのかないのか分からないことを言っていたが、僕としても話が進まないのは確かなためそこは追及しなかった。


「ごめんごめん。それで、改めて話って何かな?」


「まったく……でね、その話っていうのはね……」


 有希はそこで一呼吸置いて、それからこう呟いた。



「あなたの家、修理が必要なの」



 僕は一瞬なんのことだか分からなかった。あっ、そうか。ここは有希の家であって

「僕の家じゃないもんね」


「あなた、本当にケガの影響ないの? 思考ぶっ壊れてない?」


 有希が呆れたように言う。


 しかし、実際に他人事になっていたのは本当だ。僕はハナからあの家に戻る気などなかったのである。


 有希のそれは、僕に大義名分を与えてくれたにすぎない。


「あの、差し出がましいお願いなのですが……」


「それは私じゃなくて母さんに言ってね」


 有希は僕の真意を察し、親との面会を命じた。





「娘さんを僕に下さい!」


「許可します!」


「よし! 結婚成立!」


「いや、待って待って! 勝手に話を進めない!」


 有希の母親との面談を命じられた僕は、リビングに座っていた白髪赤眼の美人に、開口一番にそう告げた。



 そして、その結果がこれである。



「ってあれ?」


 白髪赤眼の美人は違和感に気づいて首を傾げる。


「ねぇ有希、アーサーくんはここに住みたいって言ったんじゃないの?」


「言ってないよ、母さん。この人、シレッと私を下さいって言ってた」


 有希が僕の発言を訂正する。そう、本来はここにしばらくの間、住むことの承諾を貰いに来たのだった。


「それは流石に手順を飛ばしすぎじゃない? 別にいいけど、まずはお友達からでしょ?」


「そう思うわよね。もっとアーサーに言ってやって」


「すみません、お義母さん。印象に残るようにと思って言ってみました」


 僕はお義母さんに釈明する。未来でそうなる予定だが有希との約束がある以上、今はまだその時ではない。


「それでは、改めてお願いをさせてもらいます。私はアーサー・P・ウィリアムズと言います。美修院高校に通っているのですが、実は家が進人との戦闘により壊れてしまったのです。それで、厚かましいとは思いますが、しばらくの間こちらに、居候という形で住まわせてもらうことは可能でしょうか」


 僕は自分の分かる最大限の敬語で話す。さっきの流れから大丈夫だとは思うが、筋は通すべきだと判断してのものだった。


「構いませんよ。気の済むまでいて。なんだったら、本当に有希を貰っちゃっても大丈夫だから」


「ありがとうございます」


「だから気が早いって」


 僕のお願いはあっさり受理された。しかも、永久的な居住と有希を貰う許可まで降りてしまった。


「もし、迷惑だと思ったのならばすぐに言って下さい。その日の内に出ていきますから」


「大丈夫よ。ウチは居候がもう1人いるし、執事やメイドも住み込みだしね。1人増えたからって大して影響ないのよ」


 お義母さんは穏やかな口調で言った。その口調になんの強がりや誇張も感じられない。おそらく、お義母さんの言っていることは本当なのだろう。


「ありがとうございます。薄々勘づいてはいましたが、それなりにお金に余裕があるのですね」


「まあね、こう見えてもそれなりに資産があるのよ。あと、敬語じゃなくて良いわ。亜美さん、もしくはお母さんとつけてくれればフレンドリーに接していいわ」


「ではお義母さんで。今後ともよろしくお願いします」


「ええ、よろしく」


 僕は無事、第一関門を突破し安堵する。しかし、次の最大の難所を超えなくては本当の意味で安心はできない。


「ところで、お義父様は? お義父様にもご挨拶をしたいのですが……」


 こういう場合、両親どちらからの許可を取るのは当然だ。なにより、僕としては有希を貰っていく以上、今のうちから仲良くなっておきたい。


 しかし、有希は顔を曇らせ、亜美は少し困った表情を浮かべていた。


 その顔で、僕は地雷を踏んでしまったのだと察した。


「父さんは死んだよ。ずっと前に……」


 有希は目線を逸らして言った。僕からはその眼は見えない。


「すみません。余計なことを」


 僕は直ちに謝罪する。まさかここに地雷がるとは思わなかった。


「大丈夫、気にしないで。私は折り合いは着いてるから。けど、もし罪悪感を感じるならあの人の墓前に言ってあげて? 多分、喜んでくれるわ」


 お義母さんはなんでも無いように言う。しかし、少なくとも有希にとって過去のものになっていないのは確かだった。


「はい、そうさせて下さい」


 僕としては有希を暗い顔にさせたままにはできない。だから、気にならない訳ではないけど、今はそれで納得することにした。


「さっ、いつまでも暗いままだと良くないわ。これからここに住むんだし、色々と家の中を案内しましょう」


 亜美さんはパッと空気を変えるように明るい口調で言った。


「お願いします」


 僕もそれに追従する。


「その前に、前川や椿の紹介しといた方がいいんじゃない?というか、母さんの自己紹介もまだでしょう?」


 有希は追従するでもなく、独自の観点から空気を入れ替える。


「そうね。自己紹介しましょうか。まずは私から。私は武藤亜美。有希と葵の母親よ。ちなみにこの髪と瞳の色は生まれつきね。いわゆるアルビノってやつ。多分、有希の瞳が赤いのは私の遺伝」


 亜美は最後によろしくと言って自己紹介を終えた。


「こちらこそよろしくお願いします。ちなみに、葵さんというのは?」


 僕は、自己紹介の中で出てきた『葵』というワードが気になった。


「葵は私の妹。うちは私と葵の2人姉妹なのよ。今、呼んでくるわ。後、さっきアーサーも会った明美もね。だから、母さん。先に執事とメイドの紹介しといて」


 有希はそそくさと、妹の葵と白衣の女性を呼びに部屋を出ていった。



「「………」」



 僕とお義母さんは有希を見て言葉を詰まらせる。有希がこの場から逃げたくてああ言ったのはすぐにわかったからだ。


「……じゃあ、次は亮二くんと東雲さん。よろしくね」


 お義母さんは有希の気持ちを分かった上で、空気を平常に戻すために自己紹介を促す。その言葉を合図に、キッチンの方から執事とメイドが出てきた。その振る舞いには品があり、僕の目からも"ホンモノ"だと分かった。


「私はここで執事をしております前川亮二と申します。今後、何かあればなんなりと申し付け下さい」


 執事の前川は左手を腰に、右手を前に回して挨拶をする。その所作はとても高貴で洗練されていた。


「私はここでメイドとして働らかせていただいております。東雲椿です。よろしくお願いします」


 メイドはスカートの端を掴み、挨拶をした。僕は初めて見る本物のメイドに息を飲んだ。


「2人ともよろしくお願いします」


 僕も2人に習い頭を下げた。居候の自分には過ぎた存在だなと、卑下したくなるほど彼らの所作は訓練されている。


「まったく、3人とも硬いわ。これからみんなで暮らしていくんだから取り繕っても無意味よ」


 亜美はフランクな口調で一連の流れに突っ込んだ。


「けど、亜美さん。やっぱりここはメイドとしてビシッと決めないとダメだと思うんです」


 東雲椿は我の強そうな口調で亜美に反論する。


「そうは言うけどねぇ。いずれ剥がれるメッキなら最初から剥がしたほうがいいんじゃない?」


「そうですね。椿さんには落ち着きが足りません」


 亜美に追随して執事の前川も同意する。


「あれ、味方がいない!?」


 メイドさんは自らが孤軍だったことに驚いていた。


「なるほど、なんとなくどんな人か分かりました」


「ちょ!アンタまでなんで納得してるのよ!」


 僕の目からも既にメッキがボロボロ剥がれ始めてるのが見て取れる。


「3人とも、椿いじりは程々にね?」


 有希が呆れ声と共に戻ってきた。椿は有希が帰ってきたのを知るや咄嗟に抱きつき


「さっすが、私の推し!私だけがあなたの味方だわ」


 と嬉しそうにじゃれついていた。


「まったく、少しは落ち着いたらどうだ? 君は優秀なんだから落ち着きさえあれば立派に見えるだろう。それから、有希は私の妹だ」


 そう言ってメイドの椿を引っ剥がすのは相変わらず下着に白衣という異質な出で立ちの白衣の女性だった。


「余計なお世話よ明美! これが私の売りなの! ゴーイングマイウェイしない私なんて私じゃないわ! というか、下着白衣のアンタに言われたくないっての!」


 椿は胸を張って主張する。もはや最初の面影はどこにもないなと僕は遠いメイドの記憶に思いを馳せた。


「まったく、2人とも相変わらずうるさいなぁ。俺がまともな女に見えるとかどう考えてもおかしいだろ」


 口論する明美と呼ばれる白衣の女性と、メイドの椿さんの後ろから、有希と同じ顔をした小さな少年? が顔を覗かせていた。いや、妹と言ってたし女の子か。有希と同じ顔をしているのに、どこか少年のように見えるな。


 僕はこの子が葵さんかと視線を向ける。


 葵は僕の視線に気づくとジトッと目を細めて


「こいつが新しい居候?」


 まじまじとこちらを観察する葵さん。しばらく見られた所で葵さんは口角を上げて


「イイ男じゃん。有希姉ぇも隅に置けないね。まさかこんなイケメン連れて来るなんて思わなかったよ」


 どうやら、葵さんのお眼鏡にかなったようで僕は一安心する。


「う、うるさい。そういうアンタこそ最近できた好きな人と上手く行ってるわけ?」


 葵さんは有希のその言葉にカッと顔を紅くして反論する。


「それは関係ないだろ! なんで有希姉ぇは初対面の人にばらすのさ!」


「アンタが余計なこと言うからでしょ!」


 今度は有希と葵さんで口論を始めてしまった。事態は収集がつかないカオスの様相である。事態を俯瞰している亜美さんや執事の前川さんもその光景を我が子を見守る親のような目線で楽しんでいる。


 僕はその波に飲まれながら、カルピスの原液のような住人に返って冷静にさせられてしまっていた。


 ただ同時に、こんな賑やかな人々に囲まれる生活も悪くないなとも思った。


 僕は有希の方を見る。葵と口論している有希には先程までの暗い雰囲気はなくなっていた。


 これで一安心。僕は安堵するように息を吐いた。


 ありがとうローレンス。あなたのおかげで僕はとても面白い目に遭えそうです。


 僕は、美修院高校に行くように言ったローレンスには感謝した。


 と、そこまで考えてある可能性に気づいた。



 もしかしたら、ローレンスはこうなることが分かっていたのかもしれない。



 僕は苦笑を浮かべる。


 もしそうなら、ローレンスには頭が上がらないな。

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