円卓の騎士Ⅴ


「おお! すげぇ!」


 沙友理さんは僕の動きに興奮するように叫ぶ。


「目視できませんでした……」


 沙友理さんの隣に座っていた結衣さんは、手を口に当てて起こった出来事に素直に驚いていた。


 僕の攻撃を食らった響也は地面に激突して動かない。耐えられる程度に攻撃したつもりだったんだが、大丈夫だろうか。


「よっと」


 響也は僕の心配が杞憂であったことを示すように、跳ね起きをし、外れた眼鏡を掛け直した。そして、上空から戻ってきた僕に視線を合わせて


「驚いたよ、まさか自力で然気を持っているとは。これが君が言っていた謎の力か」


 響也を見る限りでは怪我が無さそうなことが見て取れ、僕は安堵する。


「僕の敗北だ。いい勝負だった」


 響也は爽やかに自分の敗北を認めて握手を求めてきた。


「ああ、いい勝負だった」


 僕もその意見に賛同して握手を返した。




「私もびっくり。まさかアーサーが然気を持ってるなんて思わなかった」


 僕たちの闘いを見届けた有希も、予想外な出来事に嬉しそうに声を掛ける。有希が喜んでくれるなら、こちらとしてもやった甲斐があったというものである。


「僕の剣。どうだったかな」


 僕はちょっぴり照れくさく感じながらも、有希に改めて感想を求めた。


「予想以上だったよ。アーサー、しっかり鍛えてあるんだね。これなら、アーサーにその気があれば実戦でも十分に活躍できるよ」


「本当!?」


 僕は有希のお褒めの言葉に有頂天になる。護る対象であるお姫様からお墨付きを貰えるなんて……こんな嬉しいことはないよ。


「うん。まあでも、あんまり進人狩りになるのはおすすめしないけどね」


 有希は褒めつつもやんわりと進人狩りになることを否定した。確かに、進人狩りは世界で一番難しい仕事と言われるものだけど、それでも僕は覚悟を持っているつもりだ。


「僕はなるよ。君がなっているのなら尚のことね」


 僕はその意志の固さを有希に表明する。


「やっぱり、アーサーはそう言うよね」


 有希はあっさり僕の決意を受け入れる。その表情が嬉しそうなのはそう言ってくれるのを期待していたのかな。安心してほしい。僕にとって白馬の王子様とは、進人狩りとしてお姫様を守ることにあるんだ。


 そのお姫様も戦場に立つというのなら、僕はその隣で君を守ろう。



「じゃあ今度から、少しずつ仕事を始めようか」

 有希は嬉しそうにそう言った。僕と一緒に仕事できるだけでこんなに喜んでくれるなんて、僕も自然と嬉しくなる。


「でもその前に、色々と知識をつけて貰わないとね」


 有希はあっ、と気づいた様子でそう付け加えた。確かに、有希の言っていることは最もだ。


「それは是非ともお願いするよ。特にさっきから使われている"さりげ"と言うものについて教えてほしい」


「オッケー。“然気”っていうのはね、マンガやアニメの不思議エネルギーみたいなものと考えると分かりやすいよ。自然の“然”に気力の“気”という漢字を宛ててね。この力があると色々なことができて凄いの」


 有希が漫画やアニメに例えて説明する。おおよそのイメージとしては、創作世界によくある不思議パワーだと思っておけばいいようだ。


「基本的には一芸を極めた者が稀に覚醒する力で、私が知る限りでは自力で使えるのは10人ぐらいかな。だから、アーサーが然気を使えてたから驚いたんだ。私は例外としても、基本的に同年代で使える人っていなかったから。とまあ、ここまでがおおよその概要ね」


 有希はここまで説明して言葉を区切る。一芸を極めると使える力か。それはつまり、僕は剣術を極めていると言うことになるのだろうか?


「けど、アーサーは少し特殊よね。ブラッド・パージだっけ? あの掛け声を発すると使えるようだけど、基本的には使える人間は掛け声を必要としないのよ。ねえ、アレってどういう意味なの?」


 有希は僕に甘えるような声色で尋ねる。けど、残念ながらそれは僕にも


「分からないんだ。吸血鬼と闘ったときにフッて湧いた言葉だから。ブラッドは血で、パージは解放だから直訳すると血の解放になるのかな?」


 と僕は呪文の意味から力の根源を推察しようと試みる。この分だと僕の血に何かしらの秘密がある感じだろうか?


 まあ、そこはローレンスに聞いてみないことには分からないから今は結論を出せないか。


「実は、貴方に聞きたいことがあるの」


「なに? 有希の質問ならなんだって答えるよ」


「じゃあ聞くけど、貴方はさっき力について話すときに"吸血鬼"って言ったよね。あれはどういう意味なの?」


 有希は僕を真っ直ぐに見据える。その表情は真面目そのものだ。


「僕も詳しくは分からない。けど、自我を保った進人がそうとしか見えなかったんだ」


「自我を保った進人!? 嘘でしょ、アーサーどうしてそんな大切なことを今の今まで黙ってたのよ!」


 有希は僕の伝達ミスを責める。そういえば、有希に対して僕の身に何があったか詳しく言ってなかったな。有希に出会ったことで舞い上がっててうっかり失念してた。


「なんでそんな大事なことを言わなかった!」


 と僕たちの会話に割り込んできたのは響也だった。僕が事情を話した時と同じぐらい羨ましそうにしている。


「自我を持った進人なんて現段階で聞いたこともないんだぞ! そんなツチノコみたいな存在をどうしてあの時、言ってくれなかったんだ!」


 あの時とは今日の朝のことか? そういえば、響也にも進人が自我を持ってる辺りの話はまるで言ってなかったな。


「悪かったって! 僕もうっかり言うのを忘れてたんだよ!」


 僕は自分のミスに説明を求めて興奮する二人に釈明を余儀なくされた。




「色々と謎だらけな存在ね」


「だな。話を聞いている限りでは被害者のようだが」


「これは……考えても答えは見つかりそうもないわね。また吸血鬼を見つけたら、ふん縛って吐かせるってことで今はよしとしましょう」


 有希はあっさりと、議論することを諦めた。まあ確かに、現状の情報だけだと妄想が多分に入ることになるだろうしな。


「それよりも、今はアーサーとのバトルよね。ちなみにアーサーは、ブラッド・パージした状態だけで戦うことってできそう?」


「できるよ。僕としても、有希と僕の自力にどれぐらいの差があるのか知りたい」


「オッケー。じゃあまずは私の力無しでやりましょうか」


 そうして、僕と有希は武道場の真ん中へ移動する。その周りでは、円卓の騎士たちが固唾を呑んで見守っていた。


 有希は左手で刀をスラリと抜き放つ。有希は左利きなのか。


「さあ、どっからでも掛かってきて」


 そう言って有希は臨戦態勢に入る。有希の瞳は寒くなりそうなほどに冷徹になっていた。円卓の騎士たちとは比べ物にならない威圧感を感じる。


 僕も負けじと、威圧を押し退けるように剣を抜き放った。


「よし、行くよ!」


 僕は有希にその剣先を合わせて正眼の構えを取る。


「じゃあ、試合開始〜!」


 マネージャーのほんわかした声を合図に、僕と有希の戦いが始まった。





「ブラッド・パージ!」


 僕は呪文を唱える。この呪文を唱えることで、身体は一気に力を漲らせていく。


「すごい……!」


 結衣さんがほわぁと感激の表情を浮かべる。


 僕はそれをチラッと見てから、有希に視線の標準を再び合わせる。有希は刀を持ってはいるが構える様子はない。


 待っているのかな? と僕は有希の出方を窺う。やはり、有希はまったく動く素振りを見せずじっとしているのみだ。


 待っていても埒が明かないな!


 そう確信した僕は、ロングソードを携えて有希の間合いに脚を踏み入れていった。


 僕の踏み込みは瞬く間に有希の懐まで滑り込む。その速さは疾風だ。


 そして、流れるように有希の左肩めがけて袈裟斬りを振り下ろした。


 しかし、閃光が奔ったと思ったときには、僕の攻撃は弾かれてしまっていた。


 有希が、僕の一撃をいとも簡単に払い除けたのだ。



 今、まったく攻撃が見えなかった……!



 僕は有希の桁違いの速さ、鋭さに驚愕する。有希の剣の、その始まりから終わりまでをまったく目視できなかったのだ。


 強化された目を持ってしてもである。そのあまりの速さに、まるで過程を置き去りにして結果だけを発生させたのかと錯覚してしまうほどだ。


 僕は負けじと連続で剣を振るう。その一太刀一太刀は目にも止まらぬ早さであるはずだが、有希は飄々と躱し、もしくは振り払うように片手で凌いでいく。


 そして、距離が詰まると有希の強力な一振りで僕は強制的に後退させた。その一振りは僕が受け止めてもその威力を殺しきれない。


 僕は、そんなやりとりを手を変え品を変え何度も繰り返した。その回数は5回ほど。回り込んだり、フェイントを入れたりと工夫を凝らすが、有希の強力な壁を突破することはできなかった。


 そして、5度目の有希の一振りを受けた僕は、一足一刀の間合いから大きく離れた場所にまで後退させられていた。僕が負けじと、6度目の突撃をしようとしていたその時。


 有希の次の一言によって状況は大きく変化した。


「今度はこっちから行くから。アーサーは受け止めてね」


 有希の、その言葉が僕に届くと同時に、有希が間合いに潜入していた。



 疾い!



 僕は有希の一撃にギリギリで反応してなんとか防いで……いやいなかった。有希は間合いに入ってから僅かに攻撃速度を緩めていたのだ。同じ速度で攻撃を加えられていたら、既に決着がついていたと思う。


 それでいて、その一撃は大きく体勢を崩されるほどに重かった。


 有希は、ゲームの弱攻撃のように連続で刀を差し向けていく。僕にとって必殺技の威力を持つそれによって、瞬く間に僕は防戦一方に追いやられてしまった。


「はあ……はあ……」


 有希の攻撃を間一髪で防いでいく。有希の一撃は防いでいても身体の芯に響いてきた。一撃の衝撃を受けるだびに体力が削られていくのを感じる。


 対して、目の前の有希は尚も片手で攻撃を続けている。まるでお遊びで振り回しているかのような余裕さだ。


 それでいて、その一撃が結衣さんや沙友理さんとは比較にならないのだがら質が悪い。


 片手で振っておきながら、轟音と轟風を起こす一太刀は大剣のような剣圧を出している。それなのに一つ一つの動きは芸術の域にあり、完成された美のように洗練されていた。


 さらに風と共に舞う真紅の花弁。どういう原理で出ているのかは分からないが、これが有希の美しい動きに彩りを与えていた。



 全然歯が立たない……



 僕は圧倒的な実力差に愕然とする。有希は結衣さんや沙友理さん以上の才能を持ち、さらにそれを限界以上に極めていた。


 今の僕では絶対に勝てない。否が応でも確信させられる。


「そろそろ私のバフも掛けてみようか」


 有希はこれだけの剣閃を放っておいてケロッとした表情で提案してきた。


「よ、よろしく頼むよ……」


 既にヘロヘロになりながらそう言うと、有希は僕に右手をかざす。かざされた右手から先のように光が放たれると、僕は自分の身体に膨大なエネルギーが注ぎ込まれたのを感じた。


「まだイケそう?」


 有希は僕に然気を送り込みながら尋ねてくる。


「もちろん。まだまだやれるよ」


「そうこなくっちゃ」


 有希は相変わらずの剣筋で僕を攻めたてる。


 しかし、パワーアップした僕はその剣閃の合間に反撃できるほどになっていた。


 有希は僕の攻撃を嫌がったのか、サイドステップで僕と距離を離す。その動きに、僕は負けじと追随していった。そうして、先程までの一方的な展開から一転して、今度は武道場を広く使ったバトル漫画に移行していった。


 武道場が狭い。上がりまくった身体能力のせいで武道場の端から端まで1秒未満で到達してしまう。さらに天井もそう高くないから、もはや動きが制限されているようだ。


 有希は僕の剣を交わす為に、空中で弧を描きながら後退した。僕はその動きに着地間際を狙って追撃する。有希は僕の一撃を回避するために空中で身体を一回転させ、その回転力を使って僕の追撃を弾いた。


 そして、そのまま右手をバネにして後転し距離を取った。


「すごい。今までここまで有希さんと拮抗できた人はいなかったのに……」


 結衣さんが驚いていることからして、どうやらこれは凄いことのようだ。まあ、有希が相手なら奇跡の1つや2つ簡単に起こしてみせますよ!


 それにしても凄いな。力が中から中から溢れ出してくる。これなら有希に勝つことすら可能かもしれない。


「甘い!」


 ……なんて考えた僕が悪かった。許してほしい。


 有希は僕の心を読んだかのようにそう言うと、攻撃の手がすぐさま強くなった。有希は尚も片手で剣を振りながら、一撃の回転速度が格段に向上した。


 有希の強さは底なしか! 僕は心の中で絶叫する。あれだけの動きをしても、まだまだ本気じゃないなんて!


 しかも、これでもまだ全力じゃないことは、片手で剣を振るっていることが証明している。


 僕は距離を取ろうと空中へ逃げる。ここなら……と期待したのがよくなかった。有希はまるで知っていたかのように僕を先回りして、上空にて剣を正眼に構えていた。


 信じられない……読みや予測でなんとかなる反応速度じゃないぞ!


「残念だけど、そろそろお開きにしましょう」


「待って! 僕はまだやれ──」


「ないわ」


 僕が継戦の意志を言い切る前に有希は断言する。そして、薔薇の花びらを纏わせた両手の一太刀で、ガードごと僕を地面に叩きつけた。


 叩きつけられた地面に着地し起き上がると、有希の剣が僕の首筋に届いていた。


「まいった?」


「う、うん」


 僕は両手を上げて降参のポーズを取る。


 こうして、僕と有希の初対戦は有希の完勝という結末を迎えたのだった。


「アーサー、大丈夫?」


 有希は僕に手を差し伸べて問いかける。


「大丈……夫!?」


 僕は伸ばされた手を掴もうとするも、全身から力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。


 間一髪で有希が僕の腰に手を伸ばして僕の身体を支える。


「ダメだ。全然力が入らない」


「みたいね。どうやら、アーサーは自分の力を使うとがっくり体力を消耗するみたい」


「有希の力の影響じゃなくて?」


「私の力は、今回は負担にならない程度しか渡してないよ。まあ、もしかしたら重ね掛けすることで体力がごっそり持っていかれるのかもしれないけど。どう? 心当たりはある?」


 僕は有希の質問に吸血鬼と戦ったことを思い出した。あの時も、いきなり力がガクッと抜けたことがあった。今回は、あそこからさらに有希の力を重ねがけしたのだ。その負担はひとしおだろう。


「ひとまず、アーサーは自分の力を引き出してへばらない体力をつける必要がありそうね。しばらくはアーサーは私の然気じゃなくて、自分の然気で戦う練習をしましょうか」


 有希は確認するように僕に対してのカリキュラムを作成する。


 僕はその有希の余裕な態度に、改めて自分が完敗したことを確信した。


 有希の強さは間違いなく本物だった。


 僕とは比べ物にならない程に強い──

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