みなき武具店


 僕が円卓の騎士の王として正式加入し、有希との決闘をした次の日のこと。


 僕は、今日も意気揚々と武道場に向かっていた。


 率直に言って、僕は円卓の騎士での活動が楽しみで仕方がなかった。


 有希の力のおかげとはいえ、バトル漫画のような闘いができるのだ。僕のような、心に少年を飼い続けている人間がハマるのは無理もないことだと思う。


 それだけじゃない。円卓の騎士のメンバーがみんなそれぞれとても魅力的だったのも大きな理由だった。


 有希との対戦の後、ヘロヘロになった僕は円卓の騎士の活動を見学していた。


 その中で僕は、円卓の騎士たちの、剣を極めんとする姿勢にグッと心を掴まれたのだ。最初は色物寄せ集め集団に見えていた円卓の騎士が、それぞれが独立した個性と魅力を持った集団に見えるようになっていた。


 さらに、この円卓の騎士は有希に対してのリスペクトで成り立っているのがよかった。響也の言った、ファンクラブとしての側面があるというのも納得の風景だ。


 皆が皆、有希を目指して精進している。統一思想のあるなしが、統制の取れた組織になるかの分かれ道だとかつてローレンスは言っていた。そういう意味で、この円卓の騎士は正に最高と言っていい。

 

 僕は円卓の騎士の練習風景を見て次第に、『円卓の騎士の王として相応しい人物になろう』そして、『王として有希と同様に慕われる存在になろう』と心の底からそう思うようになった。






 それにしても、ここまでの組織づくりを一体どうやって有希は完遂したのだろうか?


 僕は、円卓の騎士の練習風景を見ていく中でふとそんな疑問を抱いた。


「円卓の騎士の成立過程?」


 初日の活動終了後、その真相を探るためにこの同好会のマネージャーであるという綾音先輩に、その成立過程について尋ねていた。


 有希に聞かなかったのには訳がある。なんとなく、有希はなんでもないかのように謙遜するような気がしたのだ。


「はい。どうして円卓の騎士って名前になったのかとか、メンバーの選考基準とか知ってませんか?」


 僕は綾音先輩に尋ねる。綾音先輩はこの円卓の騎士では唯一の3年生だった。この同好会がいつからあるのか知らないけど、この人なら何か知っているかもしれない。


 綾音先輩は、僕の質問に小悪魔めいた笑みを浮かべて


「実はこの同好会はね、私が有希ちゃんに頼んで作った同好会なんだぁ」


 と嬉しそうに言った。


「そうなんですか?」


「うん、そうなの。最初はね、家に余ってる武器とか武具とか何か使えないかなぁって有希ちゃんに相談したの。


 そしたら有希ちゃんが、同好会でも作りませんかって提案してきてね。それおもしろそーって思ってその提案に賛成したわけ。


 そしたらさ、有希ちゃんも入るからって話が広まって入部希望者が続出してね。男の子も女の子も合わせて100人ぐらいが入りたいって最初は言ってたかな?」


 なんて数だ。全員が何かしら有希目当てで入ろうとしていたのか。改めて有希の人気が高すぎる。


「それでね、流石にこの人たち全員は無理だなって話になって。有希ちゃんがその中から選考することにしたんだよ。


 で、その選考を通って今残ってるのがあのメンバー」


 そういう経緯だったのか。確かに、それなら男が響也しかいないのも納得だ。男子なら有希とのワンチャンを狙ってたヤツばかりだろうからな。不思議な力を持つ有希なら遠ざけるのも容易なはずだ。


「選考基準は?」


「う~ん、そこは有希ちゃんにお任せしたからあんまり詳しく知らないなぁ。確か有希ちゃんは、円卓の騎士として相応しい人選をしたと言ってたけど」


 綾音先輩は、人差し指を顎に当てて可愛らしく考える仕草を取る。そうか、そこは先輩でも知りえない所だったか。


「ちなみに、その名前の由来は?」


「これも有希ちゃんの提案だよ。とある人物から言われたんだって。同好会の名前は円卓の騎士にしなさいって。多分、アーサー君がここに入るのを見越してなんだろうね。部長のポジションを王って名前にして、そのポストを今まで不在にしてた訳だし」


 綾音先輩は今度は腕を組み、ウンウンと頷きながら言った。


「そのとある人物について知っていますか?」


 僕は、綾音先輩に質問しながらもなんとなく察しがついていた。僕の名前を知っていて、有希の知り合いなんて彼しかいないだろうからね。


「ごめん分かんないなぁ。でも、アーサー君のことを知ってる人なのは確かだよね」


 綾音先輩は申し訳なさそうに苦笑いしながら言った。



 それはおそらく、ローレンスって名前だと思いますよ。



 僕はローレンスの手回しの隙のなさに驚きを隠せない。事前に色々と手を打ちすぎている。


 でも、それでもローレンスには感謝しかない。お姫様有希に巡り合えるように色々と取り計らってくれただけでなく、現代でバトル漫画をしながら青春を送れる環境を用意してくれたのだから。






「アーサー。今日の帰りにあなたの武器と鎧を取りに行きましょう」


 僕がシャワーを浴びて制服に着替え、武道場を出ようかという所で有希に呼び止められた。


「武器と鎧? そんなの頼んでたっけ?」


「なんでも、ローレンスの武器を事前に加工するようにお願いしてたみたい。私も母さんから聞いたんだけど突拍子もなさすぎて意表を突かれたもの」


 もう、手回ししすぎて笑いが出てしまいそうだ。だから武器を売却したときにほぼタダ同然だったわけだ。



 ローレンス、あなた本当に何者なんですか?



「ねえ、行くなら一緒についてってもいい?」


 不意に後ろから声が掛けられる。


 僕がビクッと驚いて後ろを振り返ると、そこにはマネージャーの綾音先輩が立っていた。


「綾音先輩。いきなり声を掛けるのはやめて貰えないですか?」


「ごめんねぇ。でも、今から私の家に行くんでしょ?」


「ああ、そうか。綾音先輩の名字って蜷城みなきでしたね」


 僕は綾音先輩のお願いに納得する。彼女のフルネームは蜷城みなき綾音であり、彼女はさっき実家の武具と言っていた。


 そこに僕が鎧を売却したのがみなき武具店であることを考慮すれば、自然と彼女の家がみなき武具店であることが見えてくる。


「いいですよ。じゃあ手を握って?」


 有希はそう言ってこちらに手を差し出した。この手はどういう意図だろうか?


「手を繋いで、そこまで行くの?」


「そうよ」


 なんと、ここに来てまさか有希から手つなぎ要請とは! こういうのって恋人同士になってからだと思っていたから、いきなりのことに僕はすぐに手を握れなかった。


「は~い」


 そして、有希の言葉に綾音先輩が真っ先に手を握る。手を握るのは僕だけだと思っていたから、綾音先輩の行動に僕は口を僅かに尖らせた。


 仕方ない。まだ恋人じゃないんだ。


 僕は綾音先輩の後に続いて手を握る。ちょっぴり不満が無くはないけど、今は握れるだけよしとしよう。


「じゃあ、行きます」


 僕が手を握ったのを確認した有希はそう言って歩き……出さなかった。


 はらりと薔薇の花びらが舞ったのを見たかと思えば、僕はまったく知らない場所に立っていた。


「あれ?」


 僕はいつの間にここまで来たのだろうか?確か、さっきまで武道場にいたはずだ。


「お邪魔します」


「ただいまぁ」


 隣には有希が来客としての挨拶をし、その奥では綾音先輩が帰宅の挨拶をしている。


「ねえ、有希」


「なに?」


「どうやって僕たちはここまで来たんだっけ?」


「なにって……瞬間移動だけど?」


 僕の質問に有希は『何当たり前のこと言ってんの?』とばかりに答えた。


 僕は当然の如く困惑する。


「アーサー、そろそろ手を離して。また帰る時に握らせてあげるから」


 有希は僕の手を視線で指しながら言った。僕はその言葉にあっ、と気づいて手を離す。


「ごめん……ってまた握ってもいいのかい?」


 僕は有希の言葉尻を指摘する。また握ってもいいなんて太っ腹な。


「そりゃあ、アーサーが鎧を歩いて帰りたいって言うなら私は止めないけどねぇ」


 確かに。


 ぬか喜びも束の間、有希の合理的な理由に僕は納得させられた。


「有希ちゃんはぁ、瞬間移動ができるんだよ」


 僕たちの会話に入ってきた綾音先輩は、改めて有希の所業を説明する。


「俄には信じがたいことですが、僕が催眠術にでもかかっていない限りはそうとしか説明できませんね」


「まあ、いきなり信じろって言われて信じるのは響也ぐらいだろうしね。帰りも使うからその時に改めて体験してみて」


「そうさせてもらうよ」


 有希の力については色々と腑に落ちない部分があるというか、信じられない部分も多々あるけど今は置いておこう。


「じゃあ私はお父さんを呼んでくるから、ここで少し待っててね」


 綾音先輩はそう言ってパタパタとお店の奥に入っていった。


 僕はこれ幸いとこの機に部屋の内観を観察を始めた。


 みなき武具店の品ぞろえは中々に興味深い。基本として店頭に飾られているのは刀剣類であり、様々な長さの刀身がショーケースに飾られている。


 その形も様々であり、日本刀を中心にロングソードやサーベル、レイピアといった実存していたものから、アニメやマンガで出てくるような複雑な形のモノまで並んでいた。


「このお店は江戸時代から続く刀鍛冶の家系でね。円卓の騎士に限らず、私たち武藤家の武具もここから購入してきた歴史があるのよ。今は綾音先輩のお父さんの代で14代目だったかな」


「武藤家のって……有希の家系は武士の家系なのかい?」


「ええ、この桜丘市周辺を統治していたみたい。今は白亜の城だけど、改築前は立派な武家屋敷があったんだって」


 それは実にもったいないことだと思った。立派な武家屋敷ということはかなりの歴史的建造物だったはず。それを壊してしまうのは文化的損失ではないだろうか?


「いま、勿体ないと思わなかった? 安心して。その武家屋敷は江戸時代後期に建てたモノだから歴史的にそこまで古くないし、何より、昔の空襲でその屋敷も焼けて戦後に建て直してたモノだから」


 有希は僕の心を読んだかのように適切な返答をする。


 そういう経緯があるのならば、僕はそれにツッコミを入れることはしない。僕としても納得がいった。

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