みなき武具店Ⅱ
「二人ともおまたせ!」
と奥の方から綾音先輩が、口ひげを生やした優しそうなおじさんと一緒に戻ってきた。
どうやらこの人が綾音先輩のお父さんのようだ。目元とか顔つきとか綾音先輩の面影がある。
「おお、有希ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちはみなきさん。約束通り鎧を取りにきたよ」
有希はみなきさんに深々とお辞儀をして要件を告げた。
「それで君は……」
「アーサー・P・ウィリアムズです。この度は鎧などの武具を作っていただきありがとうございます」
僕も有希に続いて会釈し、今回のお礼を言いながら自己紹介をする。
「君がアーサーくんか。なるほど、注文された武具が似合いそうな子だ。奥に来てくれないかな? 僕が作った武具について君の感想を聞きたい。綾音、二人にお茶を」
「うん、わかった」
お父さんの頼みに綾音先輩はイキイキと答えて部屋に戻っていった。
僕たちはみなきさんに連れられて奥の鍛冶場へと入っていく。部屋に入ると、そこには大きな布で覆われたモノがあった。これが今回の目的物だろつにう。
「確認を頼むよ」
そう言ってみなきさんは覆っていた布を取り払う。
出てきた鎧は、まさに騎士という感じだった。
全身を覆う白銀のプレートアーマーを、深い蒼に金の装飾のサーコートとマントが彩りを与えている。
しかも兜も用意してくれているようだ。普段は顔を隠すつもりはないが、これはこれでとても格好いい。
「ん?」
よく見ると左手のプレートアーマーが、右手のそれに比べて3倍くらい分厚い。そのまま盾として使えそうな雰囲気だ。
「左手は盾として使えるよう、ローレンスから頑丈にするよう言われてたんだ。どうやら君には、左手を盾にする癖があるみたいだね」
僕の視線に気付いたのか、みなきさんが説明してくれる。
「ローレンス……」
僕は彼の気遣いに感極まりそうになる。
みなきさんの指摘通り、僕には左手で攻撃を防ぐ癖がある。これは左手に盾を持つローレンスを真似てのモノだ。
(ふふっ、アーサーは孝行息子だな。その個性は武器になる。大切にしなさい)
そんな僕を、ローレンスは個性だとして頭を撫でてくれた。
そして、きちんと活かせるようにこうして用意してくれてたのだ。
「気に入ってもらえたかな?」
「……はい、とても」
僕は鎧の出来に大満足である。本当に、こんなイイ物を貰っていいのだろうか?
チラリと有希の方を伺う。有希は僕が着ているのを想像しているのか、見惚れるように衣装を凝視していた。
「試着してみるかい?」
みなきさんは優しい声で提案してくる。
「是非! お願いします!」
それを断る理由は一欠片もない。むしろ、早く着てみたくてしょうがないぐらいだ。
さっそく、みなきさんに着込みを手伝ってもらいながら鎧に身を包む。
しっかりとした鎧だが、着心地は想像以上に軽い。コレなら不自由なく動けそうだ。
「この鎧はローレンスが着けていたものを加工しているんだ。彼の武具に使われてる生地や金属は特殊な素材だったせいか、加工に手間取ったよ」
みなきさんは思いを馳せるような目で自らの苦労を話す。
「ローレンスが言ってました。この鎧はオリハルコンで出来てるって」
「僕も聞いたよ。しかし、その時は一笑に付してしまった。まさか、そんなファンタジーの物質がこの世に存在するわけないと思ってね」
「僕もそう思っていました。けど、ローレンスは無駄な嘘をつくとは思えないので……」
「うん、だから今は本当かもしれないと思っているよ。彼は不思議な男だったからね。彼の超然的な振る舞いは、まるで何か啓示を受けたように先を見据えていた」
みなきさんは遠い過去を懐かしむように、ローレンスへの印象を述べる。
「おっと、いけないいけない。君にはもう一つ渡さなければならないモノがあるんだ」
みなきさんは「ここで待っててくれ」と付け加えて店の奥に入っていった。おそらくは剣だろう。鎧を着たからには剣がないとね。
さて、待ってる間に聞いておこう。
「有希。どうかなこの格好?」
僕は鎧姿の感想を求める。この格好するのは10割で有希のためなのだ。ならば、その本人に感想を求めるのは必然だろう。
「とても似合ってる。……本当に、アーサーは私の白馬の王子様なんだね!」
有希は僅かに頬を染めて、僕にとって120点の解答と、一生忘れないであろう満面の笑みを提示してくれた。
「アーサーの格好って、私の袴と色が丁度反転した感じだね」
有希は僕の格好を改めて眺めながらそう言った。
「確かに。有希の格好は黒の和服に朱いコートだったから、僕の格好と対比になるね」
まさかローレンスはそこまで見越してたのか。本当にすごいな。ローレンスの先見はまるで未来を知っているかのよう……
まさか、ローレンスは未来を見ることができるのか⁉
「有希、ローレンスってもしかして未来が見えてたんじゃ……」
「私もその可能性は考えたけど、私が会ってたのは小学生の時までで、中学生になってからは一度も会ってないのよ。だから、アーサーの疑問を晴らすことは私にはできないわ」
その僕の問いに、有希はバッサリと切って落とした。確かに、ローレンスは僕が中学生になる頃にはほぼ隠居状態だったもんな。そして癌が見つかって………
いずれにしろ、有希が事情を知らないのなら、この世に真相を知る人間はもういないだろうな。
「真相は闇の中ってことか」
「そうなるわね」
なんともスッキリしない部分もあるが、こればっかりはどうしようもない。
「あれ、お父さんは?」
麦茶をコップに入れて戻ってきた綾音先輩が、お父さんの所在を僕たち聞いてくる。
「剣を取りに鍛冶場の奥に行ってます」
「そっかぁ。ねぇ二人とも、お父さんの作った鎧はどう?」
「すごくよくできてます。これを貰ってしまっていいのかと思うほどですよ」
「本当に。流石はみなきさんね」
僕と有希は綾音先輩の質問に満額解答を提示した。
「えへへぇ、そっかぁ」
綾音先輩は嬉しそうに頬を綻ばす。あんな感じに喜んでくれたらお父さん冥利に尽きるんだろうなあ。いつか有希と子どもができて、その子どもがこんな風に慕ってくれたら嬉しいな。
「綾音、戻ってきたのか」
僕たちが綾音先輩の入れた冷たい麦茶を頂いていると、みなきさんが戻ってきた。
「アーサーくん。実は、少し困ったことが起こってね」
そう言ってみなきさんは苦笑いして頬を掻く。
「どうしたんですか?」
「実は剣を持ってこようとしたときに誤って落としてしまったんだ。それで、なんとか抜こうとさっきまで頑張っていたんだけど、どうにも抜けないんだよ」
みなきさんはそう言ってため息をついた。
「……それって剣が床に刺さった状態ってことですか?」
僕はある可能性に気づいてみなきさんに確認する。もし僕の考えが合っていれば、みなきさんが落ち込む必要はないかもしれない。
「そうなんだ。ごめんね、せっかく剣を楽しみにしてくれていたのに」
やっぱり。
「構いません。それよりも、僕にその剣を抜かせてもらってもいいですか?」
「それは構わないけど……ああ、そういうことなのか。つくづくローレンスの周りには不思議が付き纏うな。すまないがよろしく頼むよ。きっと、
そう言って僕たちは剣が刺さった場所へと通される。
そして案内された場所には、ロングソードと思しき剣が床に深々と突き刺さっていた。
そう、これはアーサー王伝説にも登場する『選定の剣』だ。これを引き抜けるのは選ばれた者だけという、古今東西で使い古されたエピソード。
そんなエピソードが今、僕の前に実態をなして存在していた。
「有希、綾音先輩。悪いんですけど、一度、この剣を抜いてみてくれませんか?」
「いいの?」
いまいち有希はピンと来ていないようだ。
「大丈夫。僕の推理が正しければ、たとえ有希でも抜けないはずだから」
「なんじゃそら。そういうならやってやろうじゃない」
有希が抜く気満々になる。有希は僕よりも力がある。その彼女が抜けないならば、間違いなく本物だ。
「じゃあ、まずは私がいくね」
そう言って綾音先輩は剣に手を掛け、そして思いっきり引っ張る。
しかし、剣は案の定びくともしない。
「うわ、この剣メチャクチャ深く刺さってるよぉ。私も腕力はある方なんだけどなぁ」
綾音先輩は握った両手に息をふうふう吹きかけながら、少し悔しそうに言った。
「じゃあ次は私ね。全力で引き抜いてあげるわ」
今度は有希が剣の前に立つ。
「せぇの!」
そう言うと有希は剣に手を掛け、力の限り引っ張り始めた。
僕の目にはびくともしている気配はない。
ただ
「有希〜、ちゃんと力入れてる?」
「入れてるわ! 少なくとも昨日よりも全力使ってる!」
僕の確認に有希はキレ気味に返答する。ごめんよ有希。君のことだから、僕の為にわざと力を抜くみたいなことをする気がしたんだ。
「ああ、もう! 無理!」
有希が剣から手を離してギブアップする。僕は有希が息を切らしている様子から、彼女が嘘をついていないことを確認した。
そして、ちょっとだけ悔しい気持ちになった。この剣のヤツ、昨日の僕よりも遥かに有希を苦戦させたんだよな……実質勝ってるし。
今に見てろよ。すぐに引き抜いてやるからな!
「それじゃあ、僕が行くよ」
「頼むわ。私たちの
「もちろん。そのつもりさ」
有希と熱いやりとりをした僕は剣の前に立つ。さあ聖剣よ。いま引き抜いてやるからな。
僕は、ロングソードの柄に両手をかける。
そして、力の限り引っ張ら……なかった。
予測通りなら、僕が剣を抜こうとすればあっさりと引き抜けるはずだ。僕はそれを確かめる為に、あえて弱い力で剣を引っ張った。
結果、剣はするりと床から抜き上げられられ、ロングソードの刀身が明らかになった。
「み、見たか綾音! 私の打った剣が聖剣になったんだ!」
みなきさんは伝説の再現にテンションをぶち上げる。自分の打った剣が伝説を再現したのだ、鍛治冥利に尽きるだろう。
「本当に引き抜けた……有希ちゃんでも抜けなかったのに……」
綾音先輩は泡食っている。綾音先輩は有希の凄さを見てきてるだろうから、その感情はひとしおのはずだ。
「アーサー! そのままのその姿勢キープ!」
僕が有希の反応を見ようとしたその瞬間、有希から動くなと命じられた。僕は、それにびっくりして身体を硬直させる。
そしてカシャという音と共に、有希がスマホで僕を写真に収めていた。うわ見せてほしい! 絶対絵になってる!
「はいオッケー! アーサーもう動いても大丈夫よ」
「撮れた写真見せて!」
「僕も見たい!」
「私も見せてもらっても構わないかな?」
「いいけど順番ね! 順番!」
有希は興奮する僕と綾音先輩、そして遠くから自己主張するみなきさんに対して、声を少し荒らげて言った。
「アーサーくん、君に剣の
写真を一しきり共有したところで、みなきさんがお願いしてくる。
「名前ですか……」
確かにこの剣には、それ相応の名前が必要だ。
僕はしばし沈思黙考する。そして、一つの結論に至った。
アーサー王の剣といえばこの
「エクスカリバー……この剣の名前はエクスカリバーにします!」
イギリスの伝説の王、僕のルーツたる聖王の剣。
そんな僕がエクスカリバーを持つことは、とても自然なことだ。
「エクスカリバーか。確かに、君にピッタリの名前だ」
みなきさんは僕の案に賛成してくれる。
「有希はどう思う?」
「私もいいと思うよ。これで後は剣が光れば完璧ね」
有希もナイスな提案をしながら賛成してくれた。エクスカリバーには、松明100本分の明かりを刀身に宿すという伝承がある。この剣をエクスカリバーとするなら、刀身を光らせることは必須事項になるだろう。
そして幸いにも、ブラッド・パージがあれば再現可能だったりする。もうここまで来ると必然だとしか思えないな。
「綾音先輩は?」
「いいと思う! これで正真正銘のアーサー王だね!」
そして、綾音先輩はノリノリで賛成してくれた。
満場一致。これはもう、その
「よし! この剣の名前はエクスカリバーだ!」
僕は、剣を上空に掲げて高らかに宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます