円卓の騎士Ⅳ


「ああ、くそ! 負けた!」


 僕に胴を突かれた沙友理さんは悔しそうに声を上げる。


「アーサー王、やっぱりとんでもなく強いんすね。ただのハッタリじゃなかった」


 紗友里さんは少し悔しそうに笑って言った。どうやら、僕のことを王だと認めてくれたようだ。


「これでも長年鍛えてきたからね。君も後3年もしたら同じくらい強くなれるさ」


「それは流石に盛り過ぎっすよ。1年で追いつきますから」


「僕だってその頃にはもっと強くなってる。それ込みの3年だ」


「なるほど、でも負けません!」


 紗友里さんはニカッと笑って納得してくれた。




「これは結衣さんにも言えることだけど、君たちは少し精神的に未熟な所があるね。まあ、これについては一朝一夕でどうにかなるものでもないけど、傾向として知っておくに越したことはないと思うよ」


 僕は結衣さんと沙友理さんに対して欠点を指摘する。実際、精神面の差がなければ僕が負けていた可能性は十分にあった。


 僕もまだまだ修行が足りないな。もっと剣の腕を磨かないといけない。


「それ、武藤先輩にも言われました。やっぱり長く剣をやってると分かるもんなんですか」


 どうやら僕と紗友里さんの会話が耳に入っていたらしい。結衣さんが興味深そうに話に入ってきた。


「まあね。特に僕は精神面を鍛えろと言われてきたからその手の分析には長けているんだ」


「ねぇ、そろそろ続きを始めないの?」


 僕が紗友里さんたちと談笑している所に、後ろから有希が刺すような声を掛けてきた。



 これは、もしかして妬いていらっしゃる?



「ごめんよ有希。ついつい老婆心でアドバイスをしてたんだ」


 しまったしまった。うっかり話し込んでしまっていたよ。これはフォローが必要かな。


「私は別にいいんだけどね! でも、響也は待ってるみたいだよ!」


 有希は少し乱暴な口調で僕に促す。もしかして有希も僕に負けず劣らずで嫉妬心が強いのかな? これは、有希が正妻の余裕を持てるようになるまで愛を囁く必要があるね。


「こんな有希さん初めて見たかも」


「私も……」


 沙友理さんや結衣さんも有希の反応に驚いているようだった。


「もちろん、すぐにやるよ」


 僕も気持ちを入れ替えて気を引き締める。


「まあ、私たち響也先輩よりも強いんだけどね?」

「えっ? そうなの?」

 沙友理さんがポロッと言った言葉に僕は即座に聞き返す。


「はい。私と紗友里の方がこの状態ならはっきり言って強いです」


 結衣さんも沙友理さんの言葉を支持する。


 僕はその言葉に、肩の力が抜けるのを感じた。



 アイツ、ラスボスみたいな雰囲気しておいて最強じゃないのかい!



「じゃあ、結衣と紗友里に勝った僕じゃあ普通に勝っちゃう感じ?」

「うん。今の状態だとそうなります。でも、ここからさらにバトル漫画寄りにしていくと響也先輩が最強になるんです」


「現段階でも、けっこうバトル漫画みたいだったのにまだ上があるの⁉」


 僕はまたもや驚かされる。そもそも、有希が不思議な力でバフを掛けられることがまずおかしいのに、さらにおかしくできるとか、もうなんと言ったらよいのやら。


「はい。今はレベルとしては時代劇の殺陣に近い感じなんですけど、もっと有希さんのバフを掛ければバトル漫画のような動きができるんです。アーサー王は私たちに勝ったし、いっそもっとバトル漫画に近い状態で闘ってみませんか?」


 僕はこの時、生まれて初めて日本語が難しいと思った。


 言ってることは分かるが信じられない。なるほど、真人や響也が体験するのが早いという言葉の意味を初めて僕は実感できた。


「僕としてもそれが望ましい。アーサーとはより高次元の領域で戦いたい」


 響也もまた、後輩たちの提案に賛同する。


「よし。じゃあ最後の二人はバトル漫画で戦おう」


 部員たちは王を置き去りにどんどん話を進めていく。そして、有希も当たり前のように承諾した。


 そもそも、有希はどうして簡単にパワーアップとかできるんだろうか。誰も疑問に思ってないし不思議で仕方ない。


「結衣さん。有希はどうしてあんなことができるんだい?」


 僕は近くにいた結衣さんに有希の力について尋ねる。


「え?知らないですか⁉ 有希さんから何も聞いてない?」


「聞いてないです」


 結衣はあまりにびっくりしたのか、露骨に驚いていた。やっぱり、この反応からするに僕の発言はよほど以外なことなのだろうな。


「有希さんは小さい頃から進人を狩ってきてる生粋の進人狩りなんです! その強さと正義の味方っぷりにうちの学校では人類最強だって言われてるんですよ! みんな、有希さんに憧れてるんです!」


 結衣は興奮を隠しもせずに矢継ぎ早に言葉を飛ばす。


 有希が人類最強……? あの、あざといぐらいにかわいい少女が? いや、バフを撒いたりするから何か特殊な力はあるのは分かるけれども。え、ええ……


 僕はここ最近の中でも特にダメージを受けた気がする。護りたいお姫様が、まさか人類最強と呼ばれてるとか考えもしなかった。


「なんだったら、響也先輩と戦った後に有希さんとも戦って見たらいんじゃないすか? 百聞は一見にしかずっていいますし。きっと、アーサー王も有希さんの強さに腰抜かすことになりますよ」


 沙友理さんは意地悪な笑顔をこちらに向けてからかってくる。


「いいね、私もアーサーと闘ってみたいな」


 有希は上目遣いでこちらにお願いしてくる。くっ、そんな目線は反則だ!


「う、うん。有希がそういうのなら……」


 僕としては動揺がまだ残っているのだが、有希に頼まれてしまっては断ることができなかった。


 そう、これは仕方ないことだ。


 僕は実際に戦って確かめるしかないなと決心を固める。



 そして、そのためにも今は──



「響也、早速試合を始めようか!」


 僕は響也に呼びかける。


 まずは、響也と闘ってこの模擬戦を終わらせないとね。


「ようやく準備が整ったみたいだね。こちらはいつでも戦闘態勢だ」


「さあ、やろう!」


 かくして、僕と響也の漫画バトルの火蓋が落とされる。





 僕と響也は向かい合う。


 響也は背中に大きなロングソードを担ぎ、腰に真っ黒な日本刀を差していた。


 その2本の剣のうち、真っ黒な鞘から抜き放たれた日本刀は、鞘に負けず劣らずの美しい漆の艶を出していた。


「響也はつくづく黒が好きだな」


 僕は響也の抜刀に答えるように鞘から剣を抜き放ち、構える。


「闇の剣士だからね。正確に言えば、黒じゃなく闇が好きなんだけど」


 そうして、光の剣士と闇の剣士がお互いに臨戦態勢になる。


「じゃあバフ掛けるよー」


 有希は呑気な口調で言いながら僕たちに手をかざした。その手が僅かに発光する。


 そして、手の光は僕たちの身体をたちまち包み込んでいき、身体へと溶け込んでいった。


 僕は自分でも信じられないほどに力が漲ってくるのを感じる。これほどの力を感じたのはあの言葉を叫んだとき以来だ……って昨日のことかあれ。なんかもう、随分と昔のことのように感じてしまうな。


「じゃあ、始めようか!」


「来い!響也!!」


 響也はその言葉を合図に消えるように突進してきた。


 放たれた一撃を、僕は剣の一振りで響也の身体ごと上空に弾く。


 今の響也の踏み込みは明らかに手を抜いていた。


 しかし、既に今の速度は先の試合のどの剣士より瞬足で、その一撃は重かった。


 僕はすぐにファンタジーの世界に脚を踏み入れたのだと理解した。


「まだまだいくぞ!」


 響也は空中で体勢を立て直して、天井を足場に僕目掛けて突撃する。


「なるほど、確かにこれはバトル漫画だ!」


 僕も響也の動きに合わせて跳び、空中で迎え撃った。一撃を交え、天地が入れ替わった僕たちはお互いに立体的な移動で武道場を縦横無尽に動き回る。


 響也と熱く剣の火花を散らす。さっきまでの試合を一つ超えた次元での動きは、一般人にはその存在を目視することすら不可能に近いだろう。武道場のあちこちから発生する鋼の交わる光と、その後から発する鈍い金属音によって初めて何処にいるのかを確認できるというほどだ。


 僕と響也は壁から壁に飛び移りながら剣戟を起こしたり、天井に着地して逆さまで剣閃を飛ばしたりとその動きは重力に縛られない。


 しばらく打ち合いが続き、僕と響也は地面に着地する。

僕たちの身体には無数の傷があり、それが戦いの激しさを物語っていた。


「まったくもう。二人して熱くなって! 後で治すこっちの身にもなってよね!」


 有希は僕と響也に文句をつけているのが聞こえる。しかし、二人だけの世界に入った僕と響也にはその内容までは届かった。


「はあ……はあ……響也。このままだと、僕たちの戦いは決着がつかないだろう」


 僕は響也と相対した感想を述べる。身体能力は有希により互角になっているから良いとして、僕と響也の剣の腕はほとんど互角と言って相違なかった。


「そこで、提案がある」


 僕は勝つために響也を誘い込む。きっと、僕からコレを言えば、響也も乗ってくるだろう。


「君は何か必殺技を持ってないか?」


 僕は微笑みを浮かべながら響也に尋ねる。


「絶賛開発中だ。そういう君こそどうなんだ」


 響也も息を切らしながらも僕の質問に返答する。僕は響也の反応にしてやったりと内心でほくそ笑む。


「一つある」


 僕は微笑みをニヤリとした笑みに変えて答えた。


「ほう、ならばその必殺技。とくと見せて貰おうか!」


 響也は目をギラギラさせて僕の必殺技に身構える。



 ノッてきたな!



 僕は響也の期待通りに必殺技の名前を叫んだ。


「ブラッド・パージ!」


 僕が呪文を述べた次の瞬間。僕の身体からあの時のように光が発せられ、今回は全身を包み混んだ上でさらに剣に膨大なエネルギーが集約されていく。


 そう、これはあの時僕の窮地を救ってくれた呪文。僕の必殺技と呼ぶに相応しいものだ。


「これが僕の必殺技だ!」


 そう叫んだ僕は、遥かに増した力で響也に詰め寄り一撃を放った。攻撃を受け止めた響也は、耐えきれずにズザザっと床を擦って後退する。


「なんだその力は!」


「それは僕にもわからん!」


 僕は響也の問いに最大限の返答をし、再び間合いに侵入する。


 響也は反応がワンテンポ遅れはしたものの、間一髪で僕の剣閃を防いだ。そして、即座に2本目の剣を抜き放って反撃する。


 だが、今の僕には響也の反撃がスローモーションに映った。余裕を持ってその攻撃を回避し、響也が攻撃をスカるのを確認するとすぐさま間合いを詰める。


 そして、畳み掛けるように連続で攻撃を浴びせかけていく。


 響也は大剣を盾のようにして攻撃を防ぐが、僕の猛攻に反撃することは不可能だった。


 やがて僕の連続攻撃を防いでいた響也も、その一撃に耐えきれず武道場の端へと追い詰められる。


 そして、それを嫌った響也は大剣を捨てて空中へと回避した。


「これで……トドメだ!」


 しかし、僕はそれにあっという間に追いつき、追い抜いて上空から強烈な一撃を叩き込む。


 まともに喰らった響也は地面へと叩き落とされた。



 勝負あり。これでこの模擬戦は僕の勝ちで幕を閉じる。



 しかし、僕はまったくもってそれを喜ぶことができない。


 次こそが大本命。人類最強と判明した有希との闘いが待ち構えていた。

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