武藤有希という少女Ⅳ


 有希を通した親睦会は茜担任が教室に入って来たことで終わりを告げた。


 そしてホームルーム終了後、次の授業の準備をしながら僕は有希をチラチラと観察していた。


 有希は自分の席で、ロングヘアの黒髪少女と仲睦まじげに会話している。


 僕は記憶領域に検索をかけてその少女の名前を思い出していた。が、僕の彼女と話したことはないようで彼女の名前は僕の記憶領域には存在しなかった。


 長い黒髪を背中まで伸ばし、くりっとした気の強そうな黒目をした美少女は、僕が知る限りでは誰とも話をせず、教室の隅で読書をしているような少女だった。


 彼女は有希と仲が良いのだろうか?


 僕はチラチラからじっとに観察の加減を増やす。


「アーサー。ちょっといいかな?」


 しかし、僕の観察を邪魔する声が掛けられた。


 こっちは今取り込み中だと、煩わしく思いながら声の主を見る。話しかけてきたのは、メガネをクールに掛けたイケメンな男子生徒だった。


「なにか用かな?」


 僕はつっけんどんな反応で応答する。男子生徒は不敵な笑みを浮かべながら


「少しね。有希から聞いたんだが進人に襲われたそうじゃないか」


 そう言って掛けていたメガネをクイと持ち上げる。男子生徒は切れ長の目に整った顔立ちのおかげで、今の仕草は僕の目から見てもサマになっていた。


「是非詳しく聞かせてくれないか?」


「今、取り込み中なんだけど……」


「教えてくれた暁には、君が見ている明山楓について情報を提供しよう」


 ああ、彼女の名前は明山楓っていうのか……ってそうじゃない!この男、気づいてるな……!くっ、仕方ない。やってることが盗視であるためそれを大っぴらに宣言することはできないし、ここは交渉テーブルに立とう。


「わかったよ。けど、その前に名前を教えてくれ」


「ふっ、それもそうだね。僕の名前は辻村響也。気軽に響也と呼んでくれ」


「響也か、よろしく」


「儀礼はいいから早く教えてくれないか」


 響也は僕に話をするようにせがむ。


「わかったから急かすな」


 僕はそれに気圧されつつも、男子生徒に僕は進人がいきなり現れて襲われたこと、謎の力を覚醒させて追い払ったこと、そしてその後有希と運命的な出会いをしたことについて語った。


「以上が、昨日体験したことのあらましだよ」


 一通り話しをし終えた僕は響也の反応を伺う。


 響也は目を閉じ、クラシック音楽に聴き入るように耳を傾けていた。そして、場面を想像しようとしているのか目を閉じている。


 しかし、満足したのかゆっくりと目を開き、ため息を吐いた。そして


「羨ましい」


 響也は寒さに震えるかのように身を震わせて


「実に羨ましい!できることなら僕が君の代わりに体験したかった!」


 と声高に叫んだ。


「う、うん……そうか」


 僕は響也の反応に気持ちが後ずさる。


 周りのクラスメイトは何事かと、僕と響也の様子を訝しげに伺っていた。


「どうしたんだ?」


 ことの真意を確かめるために、真人が勇敢にも僕と響也の所までやってきて質問をした。


「聞いてくれよ真人!アーサーは昨日、進人と生死を掛けた闘いをしていたらしいんだ!」


 響也は真人に泣きつくように事情を説明した。


「闘い? 助けてもらったんじゃないのか?」


 真人は腰に手を当て首を軽く傾げる。さっき真人には助けてもらったと言ったから、言ってることがよく分からないのだろう。


「とんでもない! 彼は謎の力を覚醒させて、自力で進人を撃退したんだ!」


「マジかそれ! すごっ! 俺にも詳しく教えてくれ!」


 真人もその事実を聞いてテンションが上がったのか、響也同様に食いついてきた。


「なになに?どうしたの?」


 真人の言葉に連れられて、他のクラスメイト達も僕の周りに集まってきた。


「アーサーが自力で進人を撃退したらしいぞ!」


 真人は高まったテンションでまくし立てる。


「ええ!?それってヤバくない!?武藤さんが助けたってそういう事!?」


 他のクラスメイトもその事実に驚嘆する。そして、クラスメイトによって昨日の闘いはあっという間に伝播し、事情を聞かせての声に取り囲まれてしまった。


 くっそー、明山楓さんの情報を聞くに聞けないじゃないか!


 僕は興奮する声に囲まれたせいで、響也から明山楓さんの情報を聞くことができなかった。





 僕と有希が質問攻めを受けた朝の時間から数時間が経過し、現在時刻は午後1時。美修院高校はお昼休みになっていた。


 僕は昼休みになるまでの毎放課、有希についての理解を深めるため有希の席を観察していた。その過程でいくつか発見したことがある。


 有希は基本、誰かに積極的に話しかけにいくことはなかった。人だかりができている場合に様子を見にいったり、昨日のことについて改めて質問されていたことを除いては、自分の席で読書をしたり、頑張って授業の内容をノートに書き込んでいる様子だった。


 まだ初日だから確認しきれていないこともあるだろうが、おおよそ有希は単独行動をしている時間が多かった。


 所謂、内向的と呼ばれる人種なのだろう。僕としては内向的な方がお淑やかな感じがして好みなのでむしろウエルカムだ。


 でも、そんな有希が唯一行動を共にしている人物がいた。


 明山楓さんである。放課のうち、何回かは双方から会話をしに席に向かっていた。


 やっぱり有希は楓さんと仲が良いみたいだ。僕は有希と楓さんを観察しながらそんなことを考えていた。


 現在のお昼休みも、有希は楓さんと2人で弁当を食べている。


「有希と楓さんって仲いいな」


 僕は響也、真人と机を囲んで弁当を食べていた。響也と真人は元から仲が良かったらしく、その輪の中に入れてもらった形だ。僕も椿お手製弁当を広げて食事をしながら先の質問をしていた。


「アーサー。君はさっきから口を開けば有希のことばかりだ。もう少し君自身のことも喋ってくれると助かるのだがね」


 響也はかっこつけた言い回しで忠言する。確かに、今の僕は有希のことばかりになっているかもしれない。


「それで思い出したけど、そういえばお前が有希のことどう思ってるか聞いてなかったな」


 真人は大前提すぎて忘れていたことを聞いてきた。


「そういえば言ってなかったな。僕は有希のことを心の底から愛している。朝も言ったけど、僕は有希の白馬の王子様になるつもりだ」


「……白馬の王子様か。なるほど、それならば僕とはライバルになるかもしれないな」


 響也はどういう原理かメガネを光らせ、意味深なことを言った。


「まさか、響也も有希のことが好きなのか?」


 僕は警戒心を顕わに響也に質問する。


「いや、有希は僕にとって必要不可欠な存在だが、そういった感情は持ち合わせていない。僕は闇の剣士を目指している。光属性の君と闇属性の僕は敵対する運命にあるのさ」


 しかし、響也から帰ってきた返答は斜め上のものだった。


「真人。響也は何を言ってるんだ?」


 僕は真人に助けを求めた。


「俺からすればお前も大概だけどな。……まぁいいや。コイツは中二病なんだ。本気で闇の剣士になるつもりだ」


 真人は既に慣れている様子で簡潔に説明してくれた。


「なるほど。つまり僕とは対極を目指す存在ということか。まあ、有希を狙うライバルがこれ以上増えないのなら、別に何を目指していても止めることはしないさ」


 僕としては響也の行動を止める理由はない。冷静に考えれば、有希をお姫様と断定してその白馬の王子様を目指す僕も大概だし。


「ライバルって意味じゃあ明山の方がよっぽどお前のライバルになるかもな」


 真人は弁当の卵焼きに箸をつけながら僕にとって重要なことをサラリと漏らす。


「それはどういうこと? 詳しく教えてくれないか? 朝のときは響也から楓さんの情報を聞けなかったんだ」


 僕は朝の響也への陳情も込めて真人に質問した。


「ああ、確かにそんな話をしたね。ならここで言ってしまおうか。彼女たちは幼稚園からの幼なじみなのだ。お互い、唯一の友人と言っても過言ではないほどに他とは関係に明確な差がある」


 きちんと話す気はあったらしい響也は、2人の関係について説明してくれた。へぇ、幼なじみか。


「ちなみに、僕も有希や楓とは幼なじみだ」


 響也はなんでもないようにこれまた重要なことをさらりと言い放つ。


「えっ⁉ そうなのか⁉ ……じゃあお前も僕と有希の過去を知ってたりするのか?」


 僕は思わず響也に声を飛ばす。これでもしかしたら、有希との過去が分かるかもしれない。


 しかし、響也は首を傾げて


「いや、なんだそれは。まったく知らないな。僕は幼なじみと言っても有希とは数えるほどしか交流がなかったからなぁ。お互いの存在は認知していたが、干渉することはなかったというのが正しいかな」


「そうなのか。残念」


 僕は少しがっかりした気持ちで響也の返答に応える。


「むしろ、それについては何があったのかこっちが詳しく聞きたいぐらいだね。可能ならば、教えてくれないだろうか?」


 響也はこちらの事情に興味津々といった様子だ。


「その話についてはまた今度にしてやれ。今は明山と武藤の関係だろ?明山は武藤以外にはとことん冷たいからな。男子は基本的に相手にしないし、女子にも対応はするが武藤のようにベッタリという感じでもない」


 真人が話題転換して明山楓について説明する。どうやら真人としても、この部分については深掘りさせる気はない様子だ。


 まあ、事情を知る真人がその方針なら僕も従おう。今は楓さんのことだ。


「だからよ、あいつら実はデキてるんじゃないかって噂があるんだ」


「うっぐは⁉」


 僕は脳内に留めて置くべき叫びが言語として漏れ出る。真人の言葉は明確に僕の心にダメージを負わせた。


「疑われても不思議ではないな。それぐらい2人は仲が良い。親友という枠組みで語ることすら烏滸がましいほどだ」


 響也もまた真人の意見に追随し、僕の心に追撃をかます。


 まさか、有希には楓さんとの百合的な関係があるのか⁉


 じゃあ僕との関係は!? まさか……浮気?


 僕は有希と楓さんとの関係を深読みしひどく動揺する。


「へ、へぇそうなんだ。で、でも僕と有希は運命の赤い糸で結ばれている関係なんだ。有希からも好きって言ってもらったんだ。大丈夫だ、問題ない」


 僕は一生懸命強がる。メンタルの強さには自信がある僕でも今回の件は刺激が強かった。もし、有希と楓さんとの間にそういう関係があれば、僕の存在価値が一気になくなってしまう。


「ははっ、冗談だって。心配すんなよ。武藤は明山のことを『唯一の友人で大親友』とは言ってたが、同時に恋愛対象としては見てないとも言ってたからな。明山の方はわからんけど、あいつも武藤の意向に従うだろ」


 真人は僕を励ますように安堵させる情報を教えてくれた。


「それでもやっぱり確認は必要そうだね」


 僕は楓さんに聞いといてつくづくよかったと思った。警戒対象として認識できたのは大きい。


「ふっ、同性にも警戒範囲を広げると言うのなら明山楓以外にも警戒した方が良いかもしれないね」


 しかし、僕は安堵から遠ざけるように響也は気になることを言った。


「有希を狙う同性は他にもいるの?」


 僕はたまらず疑問を投げかける。情報はなんであれ仕入れて置きたい。


「狙うという程ではないかもしれないが、有希を尊敬する同性は以外と多い。もし気になるならば放課後、有希の入ってる同好会に行ってみるといい。きっとその一端を垣間見れるだろう。それに、そこは君も気に入るだろうしね」


 僕は響也の言葉で学校に来た時に出会ったポニーテールの少女を思い出した。


 そういえば、結衣という人物が同好会がどうとか言っていたっけ。


「ちなみに、有希は何の同好会に入ってるんだ?」


 僕は真人に尋ねる。それが分からないことには突撃しようもない。


「アイツが入ってるのは円卓の騎士だ。ついでに言えば響也も入ってるぞ」



 円卓の騎士!?



 僕は名前の由来故に聞き慣れてはいるが、同好会の名前としてはまったく聞き慣れない名に驚く。


「あれ?でも、円卓の騎士って同好会、パンフレットに書いてなかったような……」


「ああ、書いてないな。有希の意向で載せないようにしている。詳細は武道場にきたときまで秘密にしておくよ」


「行ったらきっと腰抜かすことになるぜ」

 響也も真人もニヤニヤと含み笑いをする。


「……君たち、何か隠してないか?」


 真人と響也の不審な態度に僕は疑心暗鬼になる。


「百聞は一見にしかずさ。いくら僕らがここで鞭撻を振るってもそう易々と信じられるものでもないだろうからね」


「そうそう、俺だってたまに見にいっても同じ世界かどうかこの目を疑いたくなるからな」


 真人も響也もまず見てみろと僕に促す。


 そんなに言うんなら行ってやろうじゃないか。


 僕は曖昧な2人の言を確かめるべく、そして有希の同性人気を探るためにも武道場に行くことを決めた。

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