武藤有希という少女Ⅲ
「それでなんだけど、せっかく集まってもらったのだから、有希について色々と教えてほしい」
真人の言い様は気になるが、教えてもらえない以上はどうしようもない。なので、僕はこの際だからとそれ以外の有希の情報を色々と聞き出すことにした。
「有希は学校ではどんな感じなんだ? やっぱり人気あるのか?」
僕の質問に真人は顎に手を当てて考える仕草を取る。
「武藤が人気あるのは確かだな。美人だし。しかもスタイルも噂じゃかなりのナイスバディって話だ」
「えっ、そうなのか? 線が細いのは分かるけど胸は……」
今朝も確認したので記憶に新しいが、僕には有希の胸がパッと見ではあるように見えなかった。
「有希は極度の恥ずかしがり屋だからな。自分のスタイルが俺らに分からないようにカモフラージュしてるって噂があるんだ」
そういえば、隠してるって言ってたっけ。
クラスメイトの仲本の言葉で、僕は今朝の女子トークを思い出した。
「そうそう、俺らの中で巨乳派と貧乳派で派閥ができてるぐらいだからな。……ちなみに聞くが、お前はどっち派だ?」
同じくクラスメイトの冬月が、まるで自供を促す警察官のように僕ににじり寄る。
僕は少しばかり思考を巡らせて、ある結論に達した。
「僕は美乳派だな」
僕は自分の胸についての信仰を告白する。男にとって胸の大きさや形は宗教に等しく、それは僕にとってもそうだ。有希の胸を介してになるが、これはつまり信仰告白に等しい。
そして、僕にとって有希が美乳であることは譲れない信条なのだ。
「美乳派? つまり、形が良ければサイズは関係ねぇと」
冬月はさらに顔を寄せて詰問する。
「それは違う。僕は有希の白馬の王子様だから、例え有希が巨乳でも貧乳でも等しく愛でる。だけど、胸の形だけは綺麗であってほしい。これだけは譲れないんだ」
僕は近すぎる冬月の顔を抑えて離しながら、宣言するように己が信条を述べた。
僕の反応によって距離を取った冬月は、その意見に対して
「へぇ……アーサー、俺はお前のこといけ好かない奴だと思ってたが、中々イけるじゃねえか。ちなみに俺は貧乳派な」
と僕に仲間意識を抱いたのか、僕の肩に手をかけて自分の宗教観を開示した。
「だな。お前のことだから『有希の胸ならどんな胸でも構わないよ』、とかカッコつけたこと言うかと思ったぜ。いや、言ってたか?……まあいい。とにかく、ちゃんとこだわりあるのが好感持てる。ちなみに俺は巨乳派だ」
仲本もそれに同意する。他の生徒を見ても概ね好感触のようだ。どうやら、僕は今の信仰告白によって男子生徒からの好感度を稼ぐことに成功したらしい。
「なぁアーサー。もしこれから有希の(胸の)サイズが分かることがあったら教えてくれよ」
しかし、次の一言によって空気にピシャリと亀裂が入る。仲本があっけらかんと言った言葉は、つまり宗教戦争に終止符を打てと言っているのに等しいのだ。
「それはお断りだ。有希の胸は僕だけが断固独占する。詳しくレビューなんて誰がしてやるか」
僕は仲本の願いを頑として拒否する。当然だ。自分の恋人の(胸の)サイズをバラす男が何処にいる。
「うわ、せっかく教えてやったのに釣れないヤツ」
仲本はオーバーリアクションで驚いてみせる。
「それに考えてみるといい。分からなければ好きに妄想ができるけど、分かってしまったら少なくとも一方の派閥は否定されることになるんだ。こういうのは分からないままにして置くのが華だ」
僕は有希の胸について一つの宗教観を述べた。
「確かに、一理あるな」
仲本は僕の意見に納得する。他の生徒もその意見についてうんうんと理解を示してくれた。
「そういうこと。……これでこの話は終わり。他にも何かあれば教えてくれ」
僕は胸の話題を打ち切って次の話題を振る。その言葉に仲本が何かあったかなぁと額に指を当てて考える。
「そうそう、武藤は成績がいいな。天才って感じではないけど、真面目に授業を受けてるからか地頭が良い感じだな」
「優等生ってことか。頭が良いだけじゃなく、素行が良いのは好感が持てるな」
僕は有希の生活態度に感心する。僕個人が真面目な方ということもあり、付き合うなら品行方正で真面目な子がいいと思っていたのだ。
「じゃあ運動神経は?」
「武藤に関しては良いなんてもんじゃない。あれはもはやファンタジーに両足突っ込んでる」
「どんだけだそれは」
僕は答えてくれた冬月の表現にツッコミを入れる。が、ともかくめちゃくちゃ運動神経が良いということは理解できた。
「じゃあ性格は?」
「基本的に良い方だと思うぞ。誰に対しても優しいし、否定的なこと言わないしな。……たまにナチュラルに毒吐くこともあるけど」
仲本は過去に経験があるのか、しみじみと過去を反芻するように頷いた。
「まあ、武藤の口が悪いのは確かだな。普段の仕草や表情がかわいいから、それがいい感じのギャップになってるんだが」
冬月も仲本の意見を補足しながら賛同する。僕はイギリス人だから、毒舌や皮肉はむしろウェルカムだ。
「なるほど……、ここまでを総評すると流石は僕のお姫様って感じだ」
僕はここまでの評判から有希についての暫定的な評価を下す。やっぱり有希は僕のお姫様になる人のようだ。外見だけでなく、内面も僕の好みをド直球に突いてくる。
「なにか欠点はないかな?」
ではと、今度はクラスメイトから有希の欠点を探る。
「欠点ねぇ……そうだな、まず付き合いはあまりよくないな。遊びに誘っても来ないんだよ、あいつ。誰に対しても別け隔てなく接するけど、プライベートには滅多に人を寄せ付けない。だからこそ、今回のことが一大事件な訳だが」
真人は過去を愚痴るように振り返る。真人の言葉から、僕は有希が意図的に踏み込ませないようにしているのだと察知した。
そして、僕はその事実に深い安堵を覚える。独占欲の強い僕は、他の男子と仲良く喋ってるのを見ただけで心ここにあらずになりかねなかった。そんな僕にとって、有希の身持ちの堅いムーブはとても精神に優しい。
「マジで武藤はそういうの徹底してるからな。鉄壁と言えるぐらいに色々とガードが堅い」
「ほんとそれな!マジでアイツの徹底力ヤバすぎる。胸もそうだけど、年中タイツ履いてて生脚見せねえし、ボディタッチしようとしても避けてくる。服が透けてんのも今まで一度だって見たことない。不可抗力でのラキスケすら回避する。しかも周りにはセコムみたいに女子たちががっちりガードするしな。隙がなさすぎて、俺たち男子からは正真正銘『高嶺の花』って感じだ。逆に、その隙のなさが女子の憧れになってるみたいだけどな」
真人と冬月は、有希の難攻不落っぷりを実体験を下に教えてくれた。
この徹底ぶりはもしかして、僕のためにしてくれてるのかな?と、そんな考えがふと頭を過ぎった。いつから彼女が僕のことを好きなのかは分からないけど、僕のためにこの徹底ぶりを貫いてくれているのなら、男としてこんなに嬉しいことはない。
「なるほど。そりゃあ君たちが僕が有希と仲良くしてるのにびびるわけだ」
「だろ? やっぱり有希はお前のこと好きなんかなぁ」
「おそらくな。昨日、有希から告白されたし」
「お前マジかそれ!あの武藤から告白された!?」
仲本は、びっくり仰天ってこういうものなんだなとお手本を見せてくれた。周りの男子たちもだいたいそんな感じのリアクションである。
「なるほど。やっぱりそうなんだな」
真人は後方理解者ヅラしながら語る。なんだろう。有希についてそういう風に語られるのは負けた気がして気分がよくない。というか、何がそうなんだ、何が。それを僕に教えてくれよ。
「お前、この事実が広まったら女子どもに殺されるぞ。マジで一部の連中は武藤のこと崇拝してるからな」
「心配いらない。僕は有希の白馬の王子様だからな。僕の素性を知れば、誰もが納得するさ」
「お前のその自信はどこから出てくるんだよ……まあ、有希に告られたんだからそうなんだろうけどさ」
男子生徒たちは僕の態度にドン引きの様子である。まあ仕方のないことさ。僕だって有希の白馬の王子様であるという確信が無ければ、ここまで自信満々に言うことはできないだろうからね。
「まあまあ、その話はひとまず置いといて話を戻そうぜ」
真人は、すべてを見透かしているかのように、余裕に満ちた口調で話を戻そうとする。
「お前、訳知りだからってなんでそんな調子に乗れるんだ?ぶっちゃけお前の有希を振り向かせるっていう目標、もはや形骸化しちまってるんだぞ」
冬月は真人に対して残酷な事実を突きつける。真人が有希を諦められないうちはこの事実は重くのしかかるはずなのに、なぜこんなにも余裕なんだろうか?
「俺は有希を幸せを第一に願っている男だからな。有希にアーサーが必要なら、潔く身を引くさ」
真人はあっけらかんとした様子で平気だと口にしている。
さっきまでの辛そうな顔が嘘みたいだ。
「さっ、話を戻そうぜ。有希は才色兼備だがなんでもできるという訳でもないぞ。体育とかでもバスケ以外の球技は苦手そうだった。あっ、でも料理は上手いな。調理実習のときに食べさせて貰ったが、これが中々に絶品だった。後は習字が下手。ピアノも無理。歌はそこそこ。後は……」
真人はオタクの早口を連想させる速度でまくし立てる。
「な、なるほど……」
僕は真人の繰り出す情報の洪水になすすべなく流される。
「真人ステイ。流石にちょっとキモイぞ」
冬月が真人を制止する。真人は語り足りなそうにしながらも口を止めた。
「……なるほど。大変参考になった。有希が人気あるのも頷ける」
「色々とダメ出しをしたが、それでもうちの学校じゃあトップクラスに大人気だ」
僕の総合評価に、真人は我が子を褒められた親のように同意した。
だからなんでお前は、有希を語るとそう後方理解者ヅラになるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます