円卓の騎士


「有希。僕も放課後、君の同好会に参加してもいいかな」


 ホームルームが終わったタイミングを見計らって、僕は有希に許可を取りにいった。


「いいよ。じゃあ一緒に行こっか」


 有希はニコニコと嬉しそうに承諾し、僕と一緒に行くことを提案する。その反応があまりに嬉しそうなので僕はほっこりした。


 もしかして、僕が言い出すのを待ってたのかな?

 なんてことを考えてしまうのも無理もないことだと思う。





 武道場に向かう最中、僕は学校のパンフレットを思い出していた。


 この学校には部活という概念は存在しない。あるのは『同好会』という名の大学のサークルのようなもので、生徒の自主運営によって成り立っている。


 しかし真人によれば例外もあるようで、中には本気で活動している同好会もあるらしい。そして、その一つが円卓の騎士なのだそうだ。


 昼休み、なんとかその事実を真人と響也から聞いた僕は、やっぱり腑に落ちないことがあった。それは、お昼のときも述べたが、有希や響也が所属してる割にはパンフレットに紹介がなかったことだ。


 なぜ隠す必要があるのか? 本気でやってるのなら、もっと大々的にアピールした方が部員獲得できていいと思うのだけど。


「ねぇ有希。なんでパンフレットに円卓の騎士の名前がなかったんだい?」


 僕は有希にパンフレットの件を尋ねてみる。ここで理由が知れれば御の字だ。


「ああ、パンフレットね。理由は同好会の活動を口外したくなかったからよ」


「口外したくないって……何をやってる部活なんだい?」


「それは、行けばわかるわ」


有希も、真人や響也同様はぐらかすばかりで、ここでもその実態について教えてはくれなかった。





 武道館は第一体育館の地下にあり、僕たちの教室から行くのであれば体育館に一度入り、そこから階段を使って降りるのが手っ取り早い。


 有希は体育館に行くまでの道中、道行く人から「こんにちは」とあいさつを受けていた。そして、有希はそれに対し一つ一つ笑顔で返事を返していく。対して、僕は好奇や訝しげな視線を浴びせられるばかり。どうやら噂がかなり広範囲にまで広まっているようだ。昨日はかなり好意的な視線を向けられたのに、有希の人気からなのか、女生徒たちは僕を目の敵にしている。


 まあ、僕としては有希との関係が広まってくれた方が都合がいいので全然構わないのだが。有希はどうなんだろうか?


「そういえばさ、結衣って子にはなんて説明するんだい?」


 僕は有希に朝の返答について質問する。


「事実をそのまま伝えるわ。あのときは意図せぬことで取り乱したけど、たぶん大丈夫だから」


 有希は階段を降りながら、根拠ありげに言う。


「結衣って子はそんなに良い子なんだ?」


「うん。同好会のみんなはアーサーのこと受け入れてくれると思うわ。けど、それ以外の人には気をつけた方がいいと思う」


「どうして?」


「今のあなたは、私を強引に説得して同居してるってことになってるみたい。実際は全然違うのにね」


 そう言って有希は不満げに呟く。有希としても、僕があらぬ誤解を受けていることは快く思わないようだ。僕としてはその姿勢が何よりうれしい。


 しかし、白馬の王子様を目指してるのに現状ではチャラ男かのように言われてるのか。あまり気持ちのいいものではないな。


 けど僕は、有希の肩にポンと手を置いて


「大丈夫。心配ないよ。僕は自分の振る舞いには自信があるんだ。僕が僕らしく振る舞っていけば、誤解なんてすぐに霧散するさ」


 となんでもないことをアピールした。人の印象なんて、後からいくらでも変えてゆけるとローレンスに教えてもらった。それが誤解なら尚更だ。


「ありがとう。……じゃあ、目指すは学校公認かな」


 有希は前向きに今後の方針を打ち出す。いいね、学校公認。そこまで行けば、僕についてのあらぬ噂も完全に消滅してくれるだろう。


 僕たちは今後の方針を決めたことで少し心を軽くして、武道場の前まで来ることができた。



 さあ、まずは円卓の騎士の面々から真実を広めていこう。

 そしてどんな同好会なんだろう? 楽しみだ。



 僕は様々な思いを抱きながら、上履きを脱いで武道場に脚を踏み入れた。



 そして、僕は脚を踏み入れると異世界転生していた。



 否、まるでそう錯覚してしまうほどに強烈な光景が広がっていた。


 武道場にいる学生たちは、それぞれが思い思いのコスプレをしていたからだ。


 その格好は様々であり一貫性がない。西洋風の剣士ような定番のモノに始まり、軍服や和服、中華服にとジャンルは多岐にわたる。いずれもマンガやアニメでありそうな格好である以外は単色の絵の具のように独立していた。あと、全員が腰や背中に剣を差したり担いだりしていることも統一性と言えるか。


 この格好が当たり前なのは10月31日の渋谷か、年に2回のコミックマーケットぐらいだろうな。


 それから、なぜかわからないがやたらと女子が多いように見える。これが響也が言っていた、有希を尊敬する同性の生徒たちなのかな?


「これは、中々に強烈だね」


 僕はその光景に軽い衝撃を受けながら隣の有希に同意を求める。僕の視界に映る人たちは、みな二次元から抜け出してきたかのようだ。本格的な武道場との対比もありその光景はより一層浮いて見える。


「そうかな? ……ねぇ、アーサー。なんか着てみたい服装とかある?」


 有希は平然とした様子で僕の様子を窺い、質問する。


「すぐには考えつかないな。有希におまかせしてもいいかい?」


 いきなり"どんなコスプレがしたい?" と言われても僕には答える術がない。なので、とりあえず有希のおすすめに任せることにした。


「じゃあ騎士服にしましょう」


 有希はまるでそう言われるのが分かっていたかのように、演技混じりに手のひらにポンっと拳を落として、僕のコスプレ衣装を決定する。


「えっ? 騎士服もあるの?」


 僕は有希の言葉に食いついた。ローレンスは生前何度も騎士服を着ていて、僕はそのローレンスを滅茶苦茶かっこいいと思っていたから、実はずっと前から着てみたかったのだ。


「あるわ。あなたにぴったりなのがね。さあ、いきましょ」


 僕と有希は連れ立って同好会のメンバーに近づいていく。


「来たか」


 すると、その中から真っ黒な剣士の格好をした響也が近づいてきた。


「アーサー。待ち侘びたよ」


 響也はカッコつけた中二っぽい物言いで僕に話しかける。僕は響也の格好を見てなぜ彼がここにいるのか納得した。


「なるほど……。確かに、中二病のお前ならこの同好会にいてもおかしくないか」


 僕は響也に皮肉混じりに言う。


「君こそに来たのだから、素質があるのだろう?」


 響也はメガネをくいっと上げて、不敵な表情で僕に皮肉を返す。


「違うね。僕がここに来たのは、有希がこの同好会に所属しているからだ。というか、お前がここに来るのを勧めたんじゃないか」


「その通り。けど、僕が君を誘ったのは、君がこの同好会にあり得ないほど相応しいからなんだ」


「それはここが円卓の騎士だからだろう?」


「確かにそれもある。だが言っただろ? ここに来れば有希の人気の一端が分かるとね。それは、この円卓の騎士にはある側面があるからだ」


 響也は重大な伏線でも回収するかのように、勿体ぶった言い方をする。


「それは……一体?」


 僕は響也の期待に答えるように真剣な顔つきで響也に尋ねた。



「この円卓の騎士には有希のファンクラブとしての一面があるんだ」



 なるほど。そうきたか。


 ファンクラブ。確かに僕がここに相応しいのは間違いないな。


 白馬の王子様はある種、お姫様の最大のファンみたいなもんだからね。





「みんな、こんにちは」


「こんにちは!」


 有希のあいさつに同好会メンバーは元気にあいさつをする。


「有希さん!」


 ショートパンツの女剣士は有希にグイッと近づいて


「あれから私たちで色々と考えたのですが、もしかして彼が私たちのになる方なのではないですか!」


 女剣士は唾が飛びそうになるほどの勢いで有希を問いただす。ああ、このショートパンツの女剣士は、今朝僕たちが会った結衣って子か。


 他の女子たちもそれが気になるのか、固唾を飲んで顔を引き締めている。有希はそれに宣託を下すように


「そうなると思うよ」


 と彼女たちの言葉を肯定した。


 それを聞いた女子たちの視線は一瞬で僕の方に注がれる。その数はざっと10。



 そして、僕は彼女たちに一斉に取り囲まれた。


「あなたが、私たち円卓の騎士の王様なのですね!」


 結衣は嬉しそうに目を輝かせて僕に確認を取る。これは一体なにごと?


「すげぇ、アーサー王って現代にもいるんだな」


「有希さんの与太話かと思ってたのに……」


「かっこいい、白馬の王子様みたい……」


 他の女子たちもジロジロと僕を観察しながら、口々に僕について話してている。


「確かに僕はアーサー王だし、有希の白馬の王子様だけど、なにがなんだか……というか王って?」


「王とはこの同好会の部長を指す言葉です」


「私たちの同好会は円卓の騎士って名前っすからね。ならトップの名前は王様にするのがベストでしょって、有希さんが言ってたんすよ」


 なるほど筋が通ってはいる。けど、まさかトップとして王様に祭り上げられるとは夢にも思わなかった。


「……確かに、その理屈なら僕はこの円卓の騎士の王に相応しいと思う。僕は有希の白馬の王子様。第一のファンと言っても過言ではないからね。しかし良いのかい? いきなり現れた男が王様になってしまっても」


「構いません。私たち円卓の騎士は有希さんを信じています。その有希さんが言うのならば間違いはありません。さあ王様。さっそく私たちと剣の修行をしましょう」


 結衣さんはそう言ってにこやかに笑った。僕は他の円卓の騎士のメンバーも見渡してみる。


他のメンバーも、僕が円卓の騎士の王になることに異論はないようだった。


 こうして、僕は円卓の騎士の王に迎え入れられた。

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