クロスの受難、始まる。

 「『見つけた』」


 レチタは前方にぎこちなく歩みを進める先程の熊を発見した。


 「相棒よ、お手柄だ。君の打撃が相当堪えていると見える。おかげで子供たちに追いつかれる前に処理できそうだ!」


 たしかに呼吸がしづらそうで、ヒューヒューと荒い息遣いがこちらまで聞こえてくる。


 『手負いとはいえ手足は無事だ。どうやって攻めるんだ...っておおぉい!?』


 突然の加速の後、いきなり視界が空に向かって投げ出されたと思ったら、やつの巨体が正面に現れた。

 なんとレチタはやつとの距離を一気に詰めてそのまま跳躍、正面に躍り出たのだ。


 今のは明らかに後方から不意打ちできた位置関係だったと思うのだが、わざわざ相対したのは、何か理由があるのだろうか...?

 いや、あるに決まっている!レチタは闘争の神を自称しているんだからな!

 そんな考えを見透かしたかのように、レチタは声を上げた。


 「名もなき獣よ... 小細工は無しだ。真正面から叩き潰してやる!最期の瞬間まで我が美しく苛烈な鋼鉄拳戟の嵐で踊り狂うがいいぃぃぃ!」


 『いや戦略も何もねぇのかよ!?というかその羞恥しか生まない口上やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!』


 父との約束から12年。クロスの前向きな心は黒歴史の誕生とともにこの時初めて完璧に折られた。(1敗目)


────────────────────


 ただ、その後の戦闘は目を奪われるほどに流麗だった。

 唸りを上げて襲撃してくる腕を最小限の動きで回避し、大振りによって生じる隙を逃さずに鋭くも重い打撃でダメージを与えていく。しかも俺の体を痛めないように、敢えて相手の柔らかい部分を攻撃している。考え無しに骨を折りにいった俺とは大違いだ。

 最後は急所である首に渾身の一撃を叩き込み、その命を刈り取った。


 そこまではただただ感心していた。そこまでは。


 「私は魔王を討つ男...どんな策も罠も全て叩き潰してやろう。せいぜい首を洗って震えているといい...」


 しかしその後、ドヤ顔しながら虚空を見つめる自分の姿を見させられ、早々に俺は再び心を折られた。

 同時に、力を借り受けるために羞恥という代償を払い続けることになるということをこの時悟った。

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