ep.3「かっこよくて、見惚れてた。」

その日の帰り道は、考え事でいっぱいだった。


彼はやっぱり自殺しようとしていたのか。だとしたら私はどうするべきなんだろう。

このまま放っておいたら、また彼は屋上へ向かうのだろうか、死に向かうのだろうか。




次の日の放課後。


体が勝手に屋上に向かっていた。


ガチャガチャ


「あれ」


鍵が開かない。


今日は開いてない?


なんだか気が落ちて、その場でぼーっとしてしまった。


「なんだよ、今日もいんのかよ」


昨日のデジャヴで、背後を振り返ると、彼がいた。


「ごめんさい。ちょっと風に当たりたくて・・

誰もいないところで・・」


私の言葉はいつも気を遣っている。


「ふーん」


彼は屋上の鍵を開けながら話す。


「藤宮先生いるじゃん?物理科の、あいつ俺のいとこでさ、割とよくしてもらっててさ」


「あ、はい」


藤宮先生は私のクラスの副担任だ。


「そいつに放課後だけ、鍵もらってんの。だから普通は閉まってるよ、ここ」


「そうなんですね、あなたの場所だったのに、ごめんなさい」


彼に続いて、外に出ると昨日と同じ、風が私に流れ込んできた。


「昨日も思ってたんだけど、先輩のが年上だよね?なんで敬語?」


「癖です。逆になんで私に敬語じゃないんですか?」


「癖だよ」


不良少年なのか?生意気だ・・全然死のうとしていた人に見えない。


「なんだっけ、宮地先輩?」


「名前覚えててくれたんですか」


「俺の放課後を邪魔した奴は初めてだから」


果たして、私に落ち度はあるのだろうか?


「下の名前はなんていうの?」


「あずさ、です」


「宮地あずさか、綺麗な名前だな」


「ありがとうございます・・あなたは?」


「夏見、夏見遥」


素直に答えてくれるとは思わなかった。


「どうせ女みたいな名前とか思ってんだろ」


「綺麗です。綺麗な名前だと思いました。」


彼は私の顔をまっすぐ見る。昨日も思ったけど綺麗な目をしていて、一度目が合うと逸らしづらいパワーがある。


「そういや、先輩のこと今日みたわ、校庭で体育やってんの」


名前を綺麗といったこと、スルーされた。彼の方から目をそらされた。


「変態ですね」


「いやたまたま教室から見えただけだって、うぬぼれんな!」


「ふふ、そんな真に受けなくても」


「もう、純粋な年下男子高校生をおちょくんなよ」


純粋な(童貞の)年下男子高校生ってことかな


「すみません」


「昨日さ、言ったこと覚えてる?」


彼の会話の流れはいつも突然だと思った。


「ご経験のことですか?」


「うるせえな、自殺願望の方だよ」


「そちらでしたか」

なるべく、私の動揺が見られないように、落ち着いて答える。


「止めたりとか、しにきたの?今日」


昨日会ったばかりの他人でも、死にたがりに、なにをすればいいんだろうと思った、何か力になれることはあるかなとも思った。

だけど今日、ここには、体が勝手に動いていた。


「いいえ、風にあたりたくて」


嘘ではない、かもしれない。


しばらくの沈黙。




「先輩、綺麗だと思った」


「え?」


「体育で、走ってる姿。かっこよくて、見惚れてた。」


本当に、彼は会話の流れがめちゃくちゃだ。



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