11 白翼2
翼を無くし、帰る場所も失った彼女の日々は、真っ黒な闇の中で真っ白な光を探して彷徨う孤独な春告げ鳥そのものであった。
しかし、無き翼の彼女にはある一つの希望が託された。今はその確実な希望の達成に向けて、この地を巡り廻る。
翼を無くしてしまったので、当然目的地への移動は徒歩となる。
真冬を彷彿とさせる早朝。穏やかな陽はやがて大地を柔く照らすであろう。時間が移ろい、景色が衣替えを行っても、彼女がその歩みを止めることはなかった。
翼は無くしたが、黒翼族としての根本的な身体能力は残っているらしい。もう何日も眠らずにこうして歩いてはいるものの、疲労はほとんど感じていない。流石に、初めより徒歩速度は落ちているものの、まだ体は存分に機能可能であった。これはひとえに彼女の平和を強く望む気持ちが駆り立てているという側面もあるであろう。
今、彼女は隣に海原が広がるだけの草の地を歩いていた。
進んでいると、岩石造りの防波堤の上になにやら影が見えた。
その形からして横になっている人影。それによく目を凝らすと、年頃の少女であろうと分かった。
「女の子? でもなんでこんなところに……」
翼を無くしてはいるものの、自身は人間と敵対する黒翼族に他ならない。
であるのならば、進んで関わり合いを持つのは不適切であろう。接触し、よもや敵対心を持たれると非常に面倒である。
しかし、このような場所で人間が横になっているのには疑問が浮かぶ。
一つ考えられたのは、何かしら傷を負ってしまい、命からがらこのような場所に逃げおおせて横になって回復を図っている可能性であった。
黒翼族には感情というものが備わっていない。人間と姿形こそ似てはいるものの、その中身はまるで違う。
だから、極めて感情というものが希薄なはずなのに、不思議と無き翼の彼女は妙にあの人影のことが気にかかって仕様がなかった。
教養もないので言葉も必要ない。名前もないので他人を意識する必要もない。彼らはただ遺伝子に組み込まれた絶対的な本能に従うだけの運命の奴隷なのだ。
翼を無くしたことで、代わりにあるものが手に入りつつあった。
『平和の呪い』に踏み切ったのも、恐らくそれあってのものであろう。以前の自分なら何も感じず、思わなかったことに、日々何かを考え、そして得るようになっている。
彼女に宿りつつあるのは人間でいうところの心なのかもしれない。
要は彼女はあの人影のことが心配でたまらなかったのだ。
桜のように華やいでいて、海のように煌めきを帯びており、落ちていく葉のようにけなげで、注ぐ淡い雪のように冷たい。
言葉ではどうしようも伝えられない全く新しい道の感触。
そのようなものが芽生えつつあることに困惑しつつ、しかしぼんやりと理解しているその感情というものに動かされて、無き翼の彼女はその人影の方へと歩み寄って行った。
*
それが人間の少女『クインエス・カナ・ユークラック』との初めての出会いであった。
そして、無き翼の彼女はクインエスから『リズベリー』という名をもらった。
クインエスと出会い、触れ合ってから数日が経った。
生きる者は暗闇よりも、光の方が良く目に映る。
彼女と触れ合う内に、この芽生え始めていた感情というものへの確信というものをリズベリーは得ていた。
翼を失ったことで、しかし新たに手に入るものは多かった。
それは余りにも未知で大きいから、未だ戸惑ってしまう。
平和を願い、この歩みは止めない。
リズベリーは知らなかったが、クインエスとのこの関係は『友情』。
それが、さらにリズベリーの使命感を奮い立たせる。
明るむ未来に手を伸ばしている。
反して、クインエスは違かった。
彼女が見つめるのは、海をただひたすらに反射させる空。
その先に隠された星の光。
今、彼女は掴んではすり抜ける虚空に、確かさを求めて見つめている。
降っていないはずの雨粒が、彼女の肩を濡らしている。
闇しか広がらない、この夜を見つめて何を想う?
光に立つリズベリーに、クインエスの心境は読めなかった。
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