10 白翼

 彼女は白き翼と美しき容姿を伴って生まれた。

 白き翼は『黒翼族』の突然変異にあたり、その全ての能力は上回る傾向にある。


 しかし、その誕生は過去に類を見ないものであったためか、白き翼の彼女は同胞たちから不気味がられ、翼を剝ぎ落とされた上で種族から追放された。


 奇しくも黒翼族と人間の中立の立場となった今は無き翼の彼女。


 黒翼族の思考に染まり切る前に翼を落とされた彼女は、そのまっさらで純粋な瞳で世界を覗いて知った。

 黒翼族はまるで機械的に人間を襲い、しかしその理由は明確化されていなかった。

 いやきっと、大いなる存在によって明確な理由は存在するのかもしれない。

 しかし、それを鑑みても黒翼族が行っているのは無意味な虐殺そのものであったのだ。


 何の使命に突き動かされているのかも分からずに、ただその土地に住まう人間の命を狩っては、しばらく姿を暗ます。

 誰も彼もがおのが使命を把握しないまま、しかし疑問にも思わず、その刀を血に濡らす。

 それはとても空虚で目的のない愚かな行為に思えた。


 黒翼族は、そして対する人は、何のため、そして誰のために互いに争い、抗い、命を散らしている?

 点々と灯される遠くの戦火を眺めて、無き翼の彼女は胸に何かを覚えていた。


 これがきっと人間でいう哀しみの感情というものなのかもしれない。

 芽生えないはずのものにそっと手を添えて、そして無き翼の彼女は強く希求した。この不毛な争いの終焉を。誰も彼もが平和に笑う未来を。

 


『無き翼の同胞よ。そなたは平和を強く望むか?』

 ある時、無き翼の彼女の頭の中に未知の声が響いてきた。

『我が名は黒翼王ジオラシェル。肉体を失い、魂だけとなって彷徨う憐れな王よ』

 声は自身のことを黒翼族の王と称した。そして黒翼王は淡々と言葉を連ねる。


――太古、黒翼王率いる黒翼族はとある種族との争いによって絶滅した。

 しかし黒翼王はその高貴なる力を用いて、魂だけは現世に残し、完全なる消失は何とか逃れていた。

 黒翼王は肉体を蘇生し、再び世界に降り立つために、配下を産み出して使役。配下たちに人間を殺害させることで、その魂を糧とし復活するために、殺戮の指示を仰いできた。

 しかし、黒翼王の力は大幅に減少してしまっており、人間から返り討ちに遭い、時にはその地を撤退せねばならない事態にも何度か陥った。

 そうして土地を巡り巡っていく内にもう遠くなるほどの歳月と時間が流れてしまった。しかし、未だに黒翼王の目的は達成されていないままであった。

 その長い時の中で、黒翼王にある一つの思いが浮かんだ。

 それは、無き翼の彼女が抱いているそれと同じであると、黒翼王は静かに示した。


『我は気づいたのだ。幾千もの血を見てやっと、己の我がままを。我が一人の復活の為に敵味方問わずに多くの命が散っていってしまった。しかし気づいたところでもう遅かった。魂となり、力は衰え、自身の配下である者たちにもう声すらかけられまい。我にはもうこれ以上の争いを止める権限すらないのだ』

 黒翼王の声色が変わった。まるで直接彼と目を合わせて対話しているように無き翼の彼女は感じた。

『無き翼の民よ。黒翼族と人間の中立であるそなたに授けたい技法がある。それはこの争いを唯一終わらせることのできるものだ』


 黒翼王が授けるその技術の名は『平和の呪い』。決められた数か所に特殊な細工を施した後に、その中央にて強い祈りを捧げる。そうすることで、特異な能力が発現し、自身と同じ血を引く者をその身に吸収させる。

 これを行うことにより、黒翼族は消滅する。しかしそれを行うということは必然的に無き翼の彼女がその身全てを捧げて犠牲となるということに他ならなかった。

 しかし、彼女は一切迷う素振りも見せずに、それを承諾した。


『ほう』。その覚悟に黒翼王も思わずそう言葉を漏らしていた。

『感謝する。しかし案ずるな。そなたの犠牲は必ずや、我の全力を注ぐことで再び世へと還すことを約束しよう。では、行くといい。我は空からそなたの行動を見守り、祈るとしようぞ』

 やがて、黒翼王の声は遠くなる。

 

 ふと見上げる空が眩しい。何もない自分に一本の指揮棒が託された。光色の髪が更なる輝きを搔き集めるようにして、隣に流れる潮風に釣られて踊る。


 希望が見えたのなら進むだけであった。そのために、この体が例え焼きつくように壊れてしまっても、構わなかった。

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