8 なんでここにいる?

 やはり、今回も収穫は零。

 敵への足取りは一切掴めないまま。クインエスは例の寝床へと歩みを進ませる。

 

 太陽がこの景色たちを名残惜しく思うようにして、ゆっくりと世界へと別れを告げている。

 

 朝方に出会った少女。よもや亡き友と同じ名を授けてしまったあの彼女のことを、クインエスはふと思い浮かべていた。


「まあ、大丈夫であろう」


 そう自分に言い聞かせつつ、寝床へとたどり着いた彼女は、そさくさへと寝袋の中へと包まり、そして眠りへとついた。



 柔い暖かな光と、潮風の冷たさが混じった不思議な感覚に包まれて、クインエスは目を覚ます。

 目を覚ますとそこにあるのは空ではなく目。


「おはよう!」

「…………」


 忘れもしないこの深い輝きの色の目。


「久しぶりだ、こんなに困惑したのは」

「どう? 驚いた?」

「ああ。寝起きだからか、あまりリアクションはできんが……。とりあえず君――」

「りーず!」

「……リズ。もう少しだけ離れてくれないか?」


 そう言われて、リズベリーはまたもや接吻寸前だったクインエスとの距離を離した。

 

 体も意識も目覚め切ってない状態にはむしろ良い眠気覚ましなのかもしれない。

 なんてことをぼんやりと思っているということは、やはりまだ寝ぼけているからだろうか。

 

 ひとまず起き上がったクインエス。釣られて、リズベリーも立ち上がる。

 そして彼女は軽く伸びをしながら、言葉を投げかける。


「して、なんでここにいる?」

「ユーに言われた通り、町に行って色々聞いてきたから」

「だったらなおさらだ。なんでここにいる?」


 それは至極当然の疑問。彼女が町に行って人々に尋ね回り、現状を把握したのならば、このような場所に戻ってくるはずがない。


「なんでかな? うーん、ユーがいるからかな?」

「……君は僕がどんなことをしているのか、知って戻ってきたんだよね?」


 問われ、リズベリーは頷いた。


「ここは君のような者が安易に来てはならない場所だ。黒翼族の出現場所からも近い。仮に僕らを襲ってきた場合、僕は君を守り切れるなんて保証はないんだ」

――だから君は邪魔なんだ。これ以上、人の死を僕は抱えたくない。

 言いかけて止めた。言い出すと全てが吐露してしまいそうになったからだ。

 先ほどまで生命であった者たちが惨たらしく散る光景をもう何度も見てきた。

 流れた血で描かれるのは絶望の未来図だけ。太陽は嫌味みたいに降り注いで相も変わらずだから、暗闇に安堵を求める。

 奪われた友を星に重ねて、進まなければ眩しすぎるその光を掴めないのに、目を逸らしつつ、届かないそれに手を伸ばしている。


 彼女の表情を見てリズベリーも流石に軽率な行為であったと反省しているのであろう。何かクインエスに対して言いたそうに唇を震わせていた。


 ぐぅ~。

「…………あ」

「…………」


 言葉を選びかねていたリズベリーよりも、どうやら腹の虫の方は何か言いたげのご様子であった。

 沈黙にえらく響いたそれに、リズベリーは恥ずかしそうにして頬を赤らめる。

 思わずクインエスは含み笑いを浮かべてしまった。


「ちょっと! ユー、こそこそ笑わないでよ」

「わ、悪い。しかしまあ、何とも間の抜けた」


 クインエスは目じりに浮かんだ涙を指で拭いながら、おもむろに道具袋の中を開けた。


「あまり悠長にはしていられないけれどね。僕も何日も乾パン続きだ。久々にちゃんとしたしょくってやつを堪能したい」


 彼女が中から取り出したのは、釣り道具であった。


「? ユー、これって何?」

「何って釣り竿とその他もろもろだよ。もしかして知らないの?」

「ツリザオ? ソノタモロモロ? 何をする物なの?」

「いや、なんでその他諸々にまではてなを浮かべてるんだよ。――読んで字のごとく、これらは魚を釣るための物だよ」

 

 驚いた。まさか釣り竿についてその用途を尋ねられるとは。

 しかしまあ確かに、魚を釣ることが出来る場所と言えばマナカッテぐらいなので、知らないのも無理はないのかもしれない。


「ふーん。でも、そうしなくても直接海に入って獲ればいいじゃん」

 己は鳥か何かか。思わずそう言葉に出そうになるクインエス。


「ま、まあ確かに、その方法もありっちゃありではあるんだけど」

「じゃあさ、それ置いてリズと一緒に海に入ろうよ! きっと泳ぎながら獲った方が気持ちよくて楽しいよ」

 すっかりとはしゃいでいる彼女に感化されて、クインエスは頷いてしまっていた。


 一応、ドが付くほどに派手な刺繍の細工が施された替えの服は持っているし、クインエスが海に入ることに関しては問題ない。

 しかし、当のリズベリーはどうするつもりなのか? 見たところ手ぶらであるし、クインエスは尋ねてみた。


「? 替えの服なんて持ってないけれど、服が濡れるのってそんなに変?」


 分かった。彼女は特殊な民族エスニック出身であろう。これまでの会話の節々から、色々とクインエスとの常識から外れることが多かった。クインエスは密かにそう推測していた。

 

「いや、なんでもない」

「うん! じゃあ、入ろうっか!」

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