6 クインエス

 時は遡る。これから紡がれるのは、まだ彼女に翼が無かった頃の話。


『クインエス・カナ・ユークラック』。彼女は今一つの墓石の前に佇んでいた。

 享年十六歳。クインエスがこの世で最も敬愛を注いでいた親友の『リズベリー』は、殉職のためその若すぎる歳で没した。


黒翼族こくよくぞく』。黒き翼を持つ異種族がここマナカッテの土地に出現して、もう数年の時が経つ。

 突如として空より降り立ったかの種族らは、我々人間に対して刃を振るい、まるで血を欲する鬼のように見境なく殺戮の限りを尽くしてきた。


 住人はこれらに対抗するための組織を形成。

 敵勢調査の任に充てられていたリズベリーは、黒翼族が主に出現する森林地帯に潜入した際に死亡。


 駆け付けた別の組織の人間によってその遺体は回収された。

 その彼女は今クインエスの目の前の墓に静かに眠っている。


 彼女の死に様はまだ幸運と言える。四肢を裂かれ、臓物を散らされ、惨たらしい姿で回収される者や、そもそも行方が途絶え生死さえ不明の者の例もあるからだ。


 リズベリーの亡骸は彼女と判別の出来る状態で回収され、墓石に名も刻まれている。

 だから、それが余計にクインエスに最愛の友が亡くなったという事実として確かに現に記されて胸に染みる。


 流し方も忘れるほどに泣いた日々。しかし、絶望しても咲く花は少ない。


 静かに餞を備えて、やがてクインエスはその場を立ち去った。



 かの黒翼族に対して、我々人間たちが知る情報は少ない。

 唯一、かの者らは海岸方面に隣接する森林地帯方面から出没するという情報のみ握っていた。


 クインエスはその森林地帯周辺の調査の任務に充てられていた。


 隔週で町に戻り、出先に必要な道具等を補充する時以外は野で暖を取り、独り敵陣にて何日も過ごさなければならない。


 黒翼族が突如として現れ、町の人間たちを襲うようになってやがて数年。それらに対抗するための組織を結成し、果敢に抵抗するも、しかし同胞の血はそれこそ目の前に広がる海が如くに流れていった。


 一度現れたら連日で襲うこともあれば、ぴたりと止み、まるで消息を絶った様にして何日も、それこそ一か月以上も現れなくなることもある。

 神出鬼没で、そうやって人を惑わす邪な存在に、人々は手を焼き、また今日に至るまで抵抗は虚しく回っている。


 成果が形にならない代わりに募るのは、仲間たちの無念。

 歩き過ぎた屍の感触さえ日常に咲き、水を与えたら胸に縛りつく茨のような悲鳴も子守唄。


 ただそれを感じないようにしているのか、しかしもうそれすらも受け入れてしまっているのか。

 ただひたすらに、絶望は怠惰へとなり、眩しい空を鏡のように映す海岸を見据えて、クインエスが密かにその手を伸ばしていたのは、光を塗りつぶした先に映る星空であった。

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