4 遭遇

 翼を羽ばたかせて、漆黒の辻斬りはドルラーズの元へと急接近してくる。

 ドルラーズは防御の態勢を取り、相手の鋭く重い一撃を食い止めた。


 そして、目一杯力を込めて、弾き飛ばす。


 後方へとよろめく漆黒の辻斬り。

 すかさずドルラーズは距離を詰める。そして鋭く突きの一撃。


 しかしそれは敵が脇に翻したことにより、かわされてしまった。

 突きのままの勢いで、ドルラーズはわずかに前進してしまう。


 その間、敵は翼を使って滑空し、ドルラーズの背中の方へと廻り込んでいた。


 ドルラーズはよろめく体を踏ん張って停止させ、勢いよく身体を捻って敵に正面を向ける。

 しかしその時には既に黒羽の刀の一撃が振り下ろされていた。


 すんでの所で剣の刀身でその一撃を防げたのは幸運といえよう。

 しかし、咄嗟の構えにはまるで力がこもっていない。


 すぐに防御は解かれ、ドルラーズはそのまま衝撃に押されて後ずさってしまう。


 そしてドルラーズの腰元に何かがぶつかる。触って確かめるとそれは窓際にあった簡素な机。つまり、ドルラーズはもう既に部屋の端まで追い詰められてしまっていたのだった。


 漆黒の辻斬りは更に追い詰めるために、翼を使って一気に距離を詰めてくる。


 ドルラーズがもうこの空間に置いて、敵の攻撃を避けるという選択肢は残されていない。熱くなる肌を冷まさせるように、窓から吹き抜ける潮風が彼の肌を撫でた。

 そこでドルラーズは機転を利かせた。


 漆黒の辻斬りの黒羽の刀による一撃が振り下ろされる。ドルラーズはすかさず机の上に手の平を付けた。

 そしてそこを起点に勢いよく身を捻って、そのまま遠心力を使って一回転。窓枠の上へと着地した。

 

 敵の攻撃はドルラーズへと命中せずに、机を斬り砕いただけであった。


 漆黒の辻斬りは逃れたドルラーズを色の薄い瞳で鋭く不気味に睨みつけてくる。


 攻撃が来る予感。ドルラーズは迷わず窓から身を投げ出し、受け身を取って外の庭へと降り立った。

 漆黒の辻斬りも、翼で滑空しながらこちらへと追ってくる。


 接近されたと同時、鋭い一撃が立つドルラーズへと振り下ろされる。


 回避し、ドルラーズは一度敵との距離を取った。


 そして改めて向かい合うドルラーズと漆黒の辻斬り。


 彼女の見た目から察せられる年齢とは大きくかけ離れた気迫。

 青白い肌は塞がったばかりの傷跡のようなものが目立ち、特に片目に深く刻まれた大きな傷はまだ完全に塞ぎ切っていないのか、見ているだけでも痛々しく感じた。


 破れたパーツを無理矢理に組み込み、見た目だけを人間に寄せてどうにかその身体を動かしている。そんな不可解さをドルラーズは感じていた。


「君の言うとおりだ」


 差し込む月明かりと微かな潮風の景色に、彼女の静かな声が彩りとして咲かれる。


「私はどうやら標的とする相手を間違えたらしい。命乞いはしないどころか妙に好戦的で戦い慣れしている。ここまで抗い、そして生き残った人間は久しくも遠い」


 つまり、漆黒の辻斬りはドルラーズがこの上ない不都合な存在であると言いたいのであろう。


「黒翼王の復活には人間の魂が必要。私がこの黒翼の力に馴染めなかった故に、もう幾重もの時を経てしまった。空に羽ばたける時間は少ない。魂の収集自体は君のを持ってして完遂する。しかし、特段君のような者を無理に標的とする必要もなかろう」


 ふわりと、漆黒の辻斬りは翼を羽ばたかせて浮遊していく。

 相手は空を意のままに駆ける存在。人混みの中で狂った殺人鬼を探すのとは訳が違う。今ドルラーズが対面しているのは紛れもない異種族。ここで見失っては次に彼女と遭遇する保証はどこにもなかった。


「待て!」


 当然、漆黒の辻斬りがその声に耳を傾けるはずもない。

 漆黒の辻斬りは黒い翼を広げて、この夜に駆けだそうとする。


 ドルラーズは咄嗟に何かを唱える。

 事切れて世界に咲くのは、白く輝く文字の羅列のようなもの。

 その羅列は円陣を組んで宙に現れ、その数を瞬く間に増やした。


「撃ち落とさせてもらう!」


 輝く円陣たちから放出されたのは火炎の弾。

 異能力の一つ。現代では極少数の者たちしか扱えない得異能力に分類されるそれは『魔法』。

 詠唱を奏でドルラーズがこの世に発現させたのは炎属性の魔法『ファイア・ボルト』。


 複数のそれは夜を駆け、退却しようとする漆黒の辻斬りへと一斉に向かっていく。


 僅かに驚愕した様子の辻斬り。しかし次の瞬間彼女は空を縦横無尽に駆け巡り、火炎の弾全てを振り切った。

――『魔法』は『魔力』という秘めたる力を練って、詠唱を行い魔法陣を展開させることで発現する特異能力。現代では主流となる異能力『聖技』よりも効果範囲が広く、ある程度応用が利き、威力も高い代物ではあるが、普段使い慣れていない分浪費も激しい。

  

 空を意のままに駆ける存在に対抗するためには、遠距離にも一矢報いることの可能なこのファイア・ボルトの魔法を使う必要があった。しかし、それらは一切敵の身をかすめることすら叶わずに、夜の空にこうして散ってしまっているだけであった。


 疲労から継ぐ息の数が多くなるドルラーズ。しばらくそうして動けなくなってしまった彼を尻目に、漆黒の辻斬りは星を探しに行くようにしてこの空の中へと飛び立って消えていった。

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