3 クエスト『漆黒の辻斬り』
住宅地から少し離れた宿。そこにエイルマットはチェックインしていた。
彼女に連れられて宿泊する予定の部屋にお邪魔するドルラーズ。
どうやらエイルマットはドルラーズたちよりほんの早くこの町に訪れていたらしい。
「辻斬り?」
「そう」
「人の顔よりもすぐそばの海の色の方が良く目に映るこんな町でか?」
彼女はあるクエストを受注していた。
「曰く、それは主に夜に活動していて、通りがかった人を躊躇いなく斬り捨てるらしいの。しかも詳しく調べたらここマナカッテは似たような辻斬り事件が過去に何度か起こっていたとのことよ」
「ほう。定期的に行われる殺人事件か、奇妙だな」
「そう。だから、クエストの掲示板には常にこの辻斬り事件解決を求む張り紙が張り出されていたんだけど、最近になってまた急に事件が再発したらしいの」
エイルマットは机の上に置いてあったマグカップを手に取り、粉末のコーヒーを中に入れ、次いでポッドからお湯を注ぐ。
「そこで悪を放っては置けないエイラちゃんは、その辻斬り討伐に名乗り上げたってわけ」
「殊勝な心掛けだ。それでお前が手前の性欲を晴らす以外の理由で俺をここに連れ込んだ訳をまだ聞けていないんだが」
「鈍感ね。あなたも協力しなさいよ、ドルドー。道中の話を聞く限り、あなたたちしばらくはこの町に滞在するんでしょ?」
「まあ、確かにそうだが……。協力できるといってもほんの僅かだぞ? 何か手がかりとか敵の足取りとか、そんなのあるのか?」
問われて、エイルマットはいたずらぽく微笑んだ。
「過去のデータを参照に奴のある程度の出現時間と出現場所を絞り出せたの」
「ほう。つまりはその時間までここで待機して、その出現場所を夜通し捜索するって訳だな?」
「ご名答。勘がいいじゃない」
「どうも。エイラ、あとどれくらいしたら捜索するんだ?」
エイラは壁に掛けてあった時計を見つめる。
「あと大体一時間後くらいかしら」
「分かった」
言いながらドルラーズは腰かけていたベッドに身を転がす。
「悪いが、少し仮眠を取らせてくれ」
相当疲労が溜まっていたのであろう。エイルマットの返答もちゃんと聞かずにドルラーズは、朧げな眠気に身をゆだねた。
*
水の流れる音が聞こえてくる。それはシャワーの水が排水溝を伝って流れている音だった。
そして微かに感じる寒気。どうやら窓が開いているらしい。
「なんだってこんな潮風がビュービュー吹く場所で窓を開けているんだか」
ぶつぶつ言いながら、ドルラーズは気怠く目を覚ます。
部屋は薄暗い。エイルマットの入室しているシャワー室のドア窓から零れた微かな明かりが視界の頼りであった。
「どうした? 入る部屋でも間違えたか?」
――油断した。これほどまでに分かりやすい殺気。否応なしにそれに包まれて気づくのに数秒遅れた。
開け放たれた窓。その窓枠に異質な存在が降り立っていた。
真っ黒な外套に身を包ませており、中の衣服は嫌に細工が派手で目立つ。
黒の髪をささやかな潮風に靡かせて、静かに覗かせる片方に傷の入った瞳にしかし色は少ない。
露出した肌も嫌に青白く、人間味を感じない。華奢な体格でまだ少女といっても差し支えない年頃であろう存在は、しかし確かに黒い雰囲気を闇よりも暗く静かに放出していた。
「羽?」
薄暗い中をよく目を凝らすと、黒い羽が複数、彼と彼女の境界に舞っていた。
瞬間駆けるスピードがコンマ遅れてドルラーズの耳元に囁かれる。
ドルラーズが上体を起こして座るベッドの方へと、黒ずくめの彼女が急接近してきたのだ。
ドルラーズは間一髪後方に身を翻して突撃を回避。
ベッドはいつの間にか彼女が手に携えていた漆黒の刀で両断されていた。
木の屑が散乱し、先ほどまでベッドだったものが形を崩して跡形もなくなる。
少し反応が遅れていたら自分がこのように果てる所であった。
しかし、ドルラーズはその危機感よりもある確信を経ていた。
黒ずくめの彼女が手に携えるそれ。今も尚辺りを舞っている黒羽たちと同じものがそれに生い茂っている。黒羽の刀は薄暗いこの空間でもギラリと刀身を光らせていた。
「確信したぜ」
ドルラーズは次元内に物体を保管する『次元術』の一系統『保管系次元術』を発動。次元内から剣を取り出し、構えた。
「しかし、よもや俺の首を狙うとはな。その判断正しい。そしてお前にとっては間違いだ」
現れた災厄。漆黒に遣われたような雰囲気で敵は、ひたすらに足りないピースを無理やり人の形を保ってその刀を持ち直す。
屑と化したベッドの木片を踏みながら、黒ずくめの彼女――マナカッテを恐怖に震撼とさせる殺人鬼『漆黒の辻斬り』は、じわりとドルラーズに近づいていく。
そして先から舞い散る黒羽がまるで彼女に懐くようにしてその背に続く。
「人間じゃないのか? お前は」
彼女からの言葉はない。寄り添った羽たちは翼の形に彩ると、肉質を付け始める。
彼女の背中から出現したのは漆黒の翼。
「黒翼王の復活は近い」
時に初めてして、彼女の小さな唇からふと言の葉が紡がれる。
大きく広げられた翼は、窓から差し込む僅かな光でさえ覆い隠し、この一室に真の暗闇をもたらした。
「全てを裂かれ、流れ出た血に沈ませる果てだ。飛べない君は空に飢えたまま、この私に死を持って命を捧げろ」
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