04-1 《 187 burnt ochre 》

 徒歩の移動がバイクに変わったのは、荒野に出たからだった。


「ははは! おもしれーだろ!」

「いっ、いた、痛い、痛いから! いろんなとこが……!」

「聞こえねえよ、なんか言ったか!?」


 砂埃を巻き上げながら走っている上に、悪路のせいで絶え間なく内臓がトランポリンしている。そのまま口から飛び出してくるんじゃないか心配で、面白いどころじゃない。それ以上にお尻が痛い。


「舌噛まねえように注意してろ!」

 赤アリスはさらにアクセルを全開にした。


 わたし、ここで死ぬかもしれない。



***



 森を出ると、景色はまた様変わりした。

 白黒だった森の風景が徐々に木々の緑に変わり始めて程なく、入るときと同じように唐突に森から抜けてしまった。すると今度は赤茶けた大地が広がって、点々と申し訳程度に茶色や緑の草が生えている。陽射しが強くて、太陽が眩しい。目の上に手でひさしをつくっている間に、彼女はすでに初めて会ったときと同じ格好に戻っていた。見ると、わたしの分厚いコートもいつの間にか見慣れた制服になっている。軽装になったとは言え冬服のままではとてもじゃないが耐えられないので、上着は脱いで腰に巻いた。


 そのまま歩いて目的地に向かうのかと思ったけれど、早々に岩場の陰で休憩することになった。海亀さんからもらった果物が瑞々しく喉を潤してくれる。当然のように伸べられた手の平の上に仕方なく一つ乗せると、赤アリスは山賊みたいに果実にかじり付きながら、大きな紙を広げ始める。線と色でブロック分けされ、何やら建物やイジンの姿と思われるような絵が所々に描かれいる。


「地図?」

「ああ。地形も位置もすぐに変わりやがるから、目安みてえなもんだけど」


 地図と一緒に取り出された小さな道具──コンパスのような物を取り出して方角を確認してから、何かを書き込んでいる。見た目と使い方こそコンパスだが、Nの字の代わりにハートマークが書いてある。ペンの先には大きな一本の通りがあって、そのすぐそばに小さな青緑色のブロックを書き加えているところだった。恐らくあの屋台街と、湖の森なのだろう。紙の中心には大きな敷地が円状に存在していて、お城のようなイラストが描き込まれている。その一帯は一番スケッチの数も多くて、入り組んだ場所になっているのが見て取れた。


 興味深そうに地図を見ているのに気づいた赤アリスが屈んだ身体を少し起こして、わたしたちの現在地を蓋を挿したペンの反対側で指してくれた。


「おれたちが今いるのはここ。で、おまえが行きたい《出口》はこの辺」


 消しゴムをかけた後のような空白のブロックの端っこをくるっと囲み、すっとペンの蓋を走らせて、地図上からはみ出そうな場所をとんとんと叩いた。紫とグレーが混ざった暗いブロックは三日月状で、街や森の大きさと比べたら幾分面積は広いように見える。


「けっこう遠そうだね」

「邪魔が入らなけりゃ二、三度寝泊まりすりゃじきに着く。あんまり危くないとこを選んだとしても、そんなには──」


 話しながらルートを検討しているのか、地図の上を右へ左へとペンの蓋が走る。が、何度か同じ場所で止まった。六度、そこにぶつかったときにぶつりと言葉が途切れた。顎に手をかけて言いかけた口のまま硬直している。彼女にしては割と長い時間そうしていたので、一応確認する。


「……何かやばいところなの、ここ」

「あー……いや、……うーん」


 珍しく歯切れが悪い。確かに地図で見てもここを迂回すると結構危ない道のりになりそうではあるのだが、実際に地図を書いたわけでもないわたしが判断できるわけもない。

 眉間に皺を寄せたまま、赤アリスはショートパンツの後ろポケットからチェーンで繋がれた懐中時計を取り出して時間を確認した。そしてもう一度地図上に目を落とし、いそいそと片付けを始める。


「茶会も近いし……まあ、何とかなるだろ」


 そしてわたしは、赤アリスがつくってくれたやたらと無骨なバイクに乗って荒野を走り出したのだ。



***



 結果から言うと、死にはしなかった。が、しがみ付いていられたのはほとんど奇跡だった。徐々に道がなだらかになって来て、減速もしているお陰でようやく人心地つくことができた。あんなスピードを体感したのはジェットコースターくらいなものだれど、なんだかんだジェットコースターは安全な乗り物だったことが肌身に染みる。バイクに乗せてもらっているだけなのに、ひどい疲労感だ。


「あそこで一旦休憩するぞ」

「もちろ──ん」


 赤アリスが首を捻って前方を指し示したので、願ったりとばかりにすぐさま言葉を返した。言ってから、彼女の肩越しに前方を確認する。最初は何も見えず砂埃がひどいのかと思っていたが、蜃気楼のように煙っている影がようやく見え始めた。


「え、近」


 数分は走るだろうと思っていた休憩ポイントは、どうして気づかなかったか疑問に思う程近い距離にそびえ立っていた。高くて隙間もないつるりとした壁の向こうに、いびつな細長い建物がいくつも

 そして、なぜだかはわからないが、なんとなく不安になるような場所だった。

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