第九話 怪奇現象がもたらすもの(2)
住民たちの総意が固まり、方向性が定まったところで、自治会長たちは再びあのおばさん霊能者との話に移った。
私は給湯室に引っ込み、彼女たちが飲んだお茶の湯飲みなどの後片付けをしているところ。
「やっほ」
と、そんな軽快な挨拶でそこに顔を出してきたのは、
背中にはキャリアで固定されたハル君の姿があって、本当に瓜二つの可愛さだった。
「おぅ、稜子……と、ハル~♪」
そう応じたのは、給湯室の隅で何をするでもなく佇んでいた佐伯で、ハル君を呼ぶ声は猫なで声になっていた。キモい。でも子煩悩な父親ってこんなもんか。
いやもう本当にこいつはいい嫁を貰った。稜子ちゃんにはぜひともこんなヤツとは離婚して私のところに嫁いで来て欲しい。そうすれば稜子ちゃんもハル君も佐伯ではなく私の家族だ。むふん。私には夫がいるけれど、その嫁である私が嫁を取るのだ。法律上はなんの問題もないはず。……なんだこの謎理論。
「なんか
稜子ちゃんはそう言って、何を手伝うでもなくただここに居ただけの佐伯を一睨み。佐伯はばつの悪そうな顔を見せて、稜子ちゃんの背中からハル君を抱き上げた。どうやら面倒を見る役目を買って出たらしい。うん、それも大事な役目だ。
背中が楽になった稜子ちゃんは既に手際よく湯飲みを拭き始めていて、なんというか、さすが子持ちのお母さんという感じだった。子育てゆえの時間のなさから来る行動のテキパキさ。
私は比較的のんびり気質なので、その行動の早さに呆気に取られてしまう。
っていうか、彼女も大学時代はこんなじゃなかったと思うんだけどなぁ。
私も子供ができたらこんなふうになってしまうのか。
「まぁ、うん。一体何が何やらって感じ」
私はお茶の葉とヤカンを片付けながら答えた。
結局、天ノ宮さんは住民たちに糾弾され、非難されながら帰っていった。
何一つ霊能者らしいことをすることなく。
そもそもからして、ここに来たときの様子がまず信用に足るものじゃなかった。
空気を読まない挨拶。
目上に対してのものとは思えない言葉遣い。
その他の所作振る舞いすべて。
胡散臭く、頼りなく、信頼性が足らない。
霊能者を騙るニセモノ。
でも、だとしたら――。
「私も
コトン、と、稜子ちゃんが湯飲みを食器棚に仕舞う。
当然ではあるけれど、食器がひとりでに飛び出てくることはなかった。
というか今日、あのJK霊能者が来てからの半日、一度もそういった報告は来ていない。
毎日のようにどこかで怪奇現象が確認されるこの団地で。
まぁ毎日のように、というだけで、本当に毎日何かが起きているわけではないから、ただの偶然かもしれないけれど。
ところでさ、と稜子ちゃんが改めてこちらに向き直った。
「
そっちが本題か、と私は軽く身構えた。
「は? なんだよそれ! 聞いてねぇぞ!」
一応はハル君を抱いている手前、佐伯は静かに声を潜めて叫んだ。
そりゃ誰にも言ってないからね。
「……大輝に聞いたの?」
「今日来る霊能者のことでメッセージやり取りしてたんだけどさ。今どんな感じ? とか訊いてきて。けど、そもそも何で私に訊いてくるのかなって疑問に思ったんだよね」
「鋭い……」
「いや何で稜子んとこに来るんだよ。俺んとこには何も来て……あ、来てた」
ハル君を片手で抱きながらももう片方の手でスマホを取り出して確認した佐伯は、間の抜けた声でそう言った。
昼間に一度、こいつのスマホでオカルトサイトを確認しているから、たぶんその後にメッセージが来てたんだろう。それ以前に来てて見逃したんだったら正真正銘のバカだ。
私は稜子ちゃんの視線に気付いて仕方なく向き合う。
「いや普通おかしいって思うって。んで、問い詰めたらわりとあっさり白状して」
「…………」
「なんで?」
問うているのはその原因、経緯。
私はいくらか迷ったけど、最終的には腹を割ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます