第八話 ディープメイク女再び
いや……え? どうなるの? これ。
公民館の広間に戻った面々のそんな視線は、概ね二人の人物に集まっているように見えた。
つまりは自治会長たちが現在依頼している霊能者であるJK、天ノ宮さんと、ディープメイク霊能者の二人に。
二人とも、澄ました様子で互いを意識していない風を装ってはいるけれど……。
一つの仕事を巡って二人の霊能者がバッティングしてしまったわけだ。果たしてその心中を推し量るのは難しい。
私は客分であるディープなメイクの霊能者とJK霊能者の二人にだけお茶を出してから、オーディエンスの一人と化して広間の隅っこに移動した。
あの黒髪の子は相変わらずどこかに姿を消したままだった。
「どうやらまだこの地の霊たちが静まってくれていないと知って馳せ参じた次第です。私の仕事に不備があったのであればしっかりとアフターケアをさせて頂こうと思いまして」
おばさん霊能者は再度ここを訪れた次第をそう説明した。
「それで、これは一体どういう状況なんでしょうか。そちらの女の子は?」
しかしそうして再び足を運んでみれば、現地には有名人が来訪したかのような人だかりができていて、しかもその中心には着物をコートのように着た至って無名な女子高生。
誰だって状況を問い質したくなる。
その天ノ宮さんは澄ました笑みを浮かべながらも口を開こうとはしないので、自治会長たちがおばさん霊能者に状況を説明した。
前回、この霊能者に団地を見てもらった後。
彼女のアドバイス通りに風水的な対処法をいくつか実践し、一度は下火になったかのように思えた怪奇現象が再び再燃したこと。
その原因が、その後訪れた迷惑系YouTuberによる無作法な振る舞いと思われること。
その後も何人かの霊能者に見てもらうことになったが、結局事態は終息に至らず、最後にと依頼して現れたのが、目の前の女子高生であること。
現在はそのJK霊能者に現場を見てもらい、その見解を聞かせてもらおうとしていた所だということを。
それらを一通り聞き終えたおばさん霊能者は、不敵に口元を歪め、どこか高慢さを滲ませて言った。
「そう。……では聞かせてもらいましょうか。あなたがこの団地の現状をどう見たのかを」
昼間に集まったときと比べて倍くらいに増えた広間の人間の視線が、すべて一人の女子高生に集まった。
既に
あのおばさんは曲がりなりにも霊能者をやっている経験がそれなりにあり、また、前回のアドバイスをいくつか実行に移した際には相応の効果が得られたことから、実績もあると言っていい。
対して天ノ宮さんから感じる印象は、どこの馬の骨ともしれない小娘。もしかしたらちょっとした霊感のようなものはあるのかもしれないけれど、半端なそれが逆に彼女に何らかの勘違いを起こさせ、あんなサイトを作るに至り、霊能者の真似事なんかを始めさせてしまった。
少なくとも、信頼性はおばさんに対してのほうが大きいのは火を見るより明らかだった。
室内の視線を一身に集めることになった女子高生は果たして、きょとんと首を傾げて、この団地の現状を口にした。
「どう見たのかも何も、悪い霊が集まってる、それだけでしょ?」
シンプルな返答。
そしてそれに対するは、言葉を失ったかのような沈黙だった。
それが数秒ほど続いた後に、おばさん霊能者のほうから「ふっ」と鼻で笑う声。
「それだけじゃないでしょう。どうして悪霊が集まっているのか、その対処法は? それらをちゃんと
「悪霊が集まっていることに大した理由なんかないし、あったとしてもわたしには関係ないもん。あの人たちをどうにかしろって言われれば追い払うだけだし、対処法も何もないよ」
「はっ。追い払う? どうやって?」
「さっき団地内を見てまわったときに一緒にやっといた」
むふん、と胸を張り、何てことないように天ノ宮さんはそう口にしたが、そんな彼女に返ってきたのは数えきれないほどの疑いの視線だけだった。
おばさん霊能者が自治会長たちに目を向けて無言で問うと、自治会長は首を横に振った。
「そんな素振りは一度も。……みんな、あの子がそれらしいことをしているのを見た住人はいるか?」
互いに顔を見合わせ、煮えきらない反応を返すだけの住人たち。
私の部屋に上がったときにも、そんなことをしている様子は一切なかった。
そんな困惑に満ちた広間の中で。
どこか得意気に、しかしおどけた笑みで女子高生はこう言った。
「わたしが歩く。それだけで悪霊はそこに寄り付かなくなるのさ♪」
「ふざけるな!」
室内の空気を震わせるほどの怒号。
それを発したのは自治会長だった。
「私も、他の住人たちも、こんなわけのわからない現象が続いていて本当に手を焼かされているんだ! 日常生活や仕事にまで悪影響が出ている人間もいる! 子供がしゃしゃり出てきて掻き回すんじゃない! 子供の遊びじゃないんだ!」
しんと静まり返る広間。
誰もが口をつぐみ、ただただ非難がましい視線を女子高生へと向けていた。
そんなものを四方八方から浴びるハメになった当人はといえば。
それでも変わらず、その顔に笑みを張り付けて自治会長を真っ直ぐに見返し、臆面もなく言ってのけた。
「まぁ、確かにあまり本気じゃないけど。それって関係ある?」
凍てついた空気に亀裂が生じる音が聞こえた気がした。
その瞬間、彼女に向けられる非難の視線は明確に敵意に変わった。
さすがに私も自分の耳を疑った。
私たちの実生活が脅かされている現状に、そんな気持ちで干渉してくるなんて。
しかし、そんな室内の空気を知ってか知らずか、彼女はなおも続ける。
「遊びであろうとなかろうと、今あなたたちに必要なのは、窮地を打開するための現実的な力でしょ?」
「お前みたいな小娘にそんな力があるとでも!?」
「さっきからそう言ってるじゃん。少なくともわたしは……」
そこで一度言葉を区切った天ノ宮さんの視線が、妙齢の霊能者へと突き刺さる。
「効果があるのかどうかも怪しい風水のアイテムを高額で売り付けたりしない」
「…………ふっ」
そんな含みのある女子高生の言葉と視線を正面から受け止めて、おばさんの霊能者は嘲るように笑った。
「天ノ宮さん、だっけ? あまり
「っていうことは、わたしはもうお払い箱っていうことでいいのかな?」
霊能者二人の視線が自治会長に集まり、最終判断が委ねられる。
が、既に結論は出ているようなものだった。
自治会長は険を隠そうともしない声で辛辣に言い放つ。
「あぁ、さっさと帰れ」
「それは何より。またの依頼をお待ちしています」
終始一貫して余裕のある態度を崩すことのなかった女子高生のそんな言葉は、けれど誰の耳にも強がりにしか聞こえなかった。
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