第16話
ひどく疲れていた。座って待っていようとも思ったが、地面が汚れているのでやめておいた。履いているずぼんが駄目になると、また新たに買わねばならない。貧困に喘ぎ、その日食べるものさえ工夫しなければならなかった僕にとって金が出ていくのは、まずなによりも避けたかい事だった。
服など何年も新調しておらず、この時も数年前に買ったものを巻くようにして身につけていた。安い布で仕立てられた、まだらに色褪せ、解れ解れの貧乏くさい衣装が僕には丁度よかった。けれど、たまに鏡や硝子に反射して自分の身形を見てしまうと、「あぁ」と溜息が出る。こんな僕でも、粗末で見窄らしい姿は大層堪えるのだ。普通は誰もが一着くらい持っている上等なコートもマフラーも、僕は用意できない。冬がくれば、決まって薄手を着込み、みっともなく着膨れする。この頃はまだ熱が引き切らない秋の始まりだったため少しだけ安堵していたが、しばらくすれば安布を重ねた姿を見られてしまう。ついさっきずぼんが汚れるのを気にしていた僕は、なんとかしなければならない思いつつ、どうにかして金が出ていかない方法を探すのだったが、やはり、どうにもならないだろうと諦めた。
買いたくもない服について考えているうちに、一台の車が目の前に停まる。始業前十分前、入り口の前にやってきた年寄りくさい銀色のセダン。きっと工事の人だろうかと眺めていると、人が降りてくる。白髪の、小柄な男だった。
「やぁ、派遣の子だろう?」
男は佐野と名乗り、工場長をやっていると言った。僕が挨拶をすると、「はいはい」と聞いているのかいないのかわからない様子で相槌を打ち、鍵を開けて工場の中へ入れてくれたのだった。そうしてそのまま奥の待合室みたいな場所へ連れてこられ、パイプ椅子に座ってまた、待つのだった。しんと静まった部屋だったが、程なくして、外がやがやと騒がしくなる。どうやら作業員がやってきたらしく、見られてもいないのに、僕は身構えてしまった。
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