第15話
不幸に酔うのは小人の慣いであり大変浅ましい事なのだがどうにも止められなかった。何故かといえば、僕は新たな仕事場における理不尽を恐れながらも、胸の内では期待していたからである。
思想の表層では確かに不安ばかり連想され、罵詈雑言や暴力を人間が跋扈しているかもしれないと悲観していた。けれど、更に奥、僕を司る根本的な、所謂魂と呼ばれる様な部分においては、間違いなく自身の不利を望み、一人芝居の戯曲を書き上げる準備を進めていた様に思う。誰が読んでも胸を痛め落涙し、最後には怒りを持って社会を糾弾するような、そんなシナリオが、僕には必要だったのだ。悪癖は未だ治らず、一人舞台のために不当を望む。そこに内包されている矛盾については見ぬ様にして、闇雲に恐れ、ところどころひび割れたアスファルトの道を進んでいった。そうして、立ち止まる。目の前には工場があった。
距離の割に時間をかけてやって来たがまだ始業前で、そもそも解錠もされていなかった。開けた場所に陣取った無機質の建物は静かで冷たく汚れている。これまで勤めていた工事と比較すると幾らか見るに耐え得る造りではあったが、落胆し、不安が増すのに十分な見栄えであった事については疑いもない。
僕は施錠された正面の扉をしばし眺め、放心したように佇んでいた。時間が過ぎてゆくと、少しずつ我へと帰り、焦りが生まれる。本当にここが約束した場所なのか。時間を間違えてはいないか。日付は今日であったかといったように、記憶を疑い、過去を思い返しても、やはり約束したのはその場所その日その時間で、誤りではないという結論に達する。しかし、それでも何か落ち度があるのではないかと気が気でなく、時計の針が動く度、そわりそわりと肌が動くのだった。
始業まで三十分はあった。人も通らず、車も疎らな中、ぽつりと立っていた。
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