第16話 大学の課題は過大(2)

 課題の締切は十一月の末。もう一月半しかない。とりあえず作れるところを作りはじめなければならない。

「あのさ、沙莉。気持ち悪いんだけど」

「うん?なにが?」

「だって、骨格標本をじっと眺めたり、なでたり、触ったりさ。彼氏が触らせてくれないから欲求不満なわけ?」

「そうじゃないよ。いや、そうだけど。ううん、これは、わたしも骨をね、作るんだ」

「うん、なに言ってるかわからない」

「だから、久保田さんはあいかわらずイケズだけど、課題では人骨をつくるってこと」

 凛ちゃんは遠巻きに見ている。べつに取って食いはしないのに。凛ちゃんはとなりのスペースだから、遠巻きといってもあまり遠くないけど。

「人の骨?なんでまたそんなものを」

「えっとね、阿久津さんなの。わたしの中では。それで、お葬式をする感じ」

「葬式なら出たんじゃないのか?」

「あんなの普通の葬式だよ。芸大では通用しないんだよ」

「なるほど。よくわからん。けど、わかった」

 うん。そうだと思った。

「で、それはわかったけど、なにやってるんだ?」

「うーん、身長とか顔とかどうしようかって考えてたとこ。これ身長百六十なんだよ。男の人には小さいよね」

「そこまでこだわらなくていいんじゃないか?抽象ってやつだな」

「そっかー。阿久津さんの骨どうやったら手にはいるかなって思ったんだけど」

「そんな物騒なこと考えてたのか。芸大生怖いな」

「いやー、それほどでも」

「墓泥棒とかやめろよな」

「それしかないか」

「やめろって。フリじゃないからな。本気でやめろ?ここにマジの人骨もってくるのは」

「やだ、凛ちゃんが乙女になってる」

「なってねえよ」

「骨のスキャンてとれないかな。たとえば久保田さんの」

「大学にはそんな施設ないだろ。大きい病院ならできるかもな」

「久保田さん、スキャンとってくれないかな」

「死人にされるんだろ、嫌だっていうんじゃないか」

「あー、骨くらい簡単に作れると思ったのに。じゃあさ、この子を百七十センチちょっとに大きくしてつくるのは?」

「あたしに聞くな。久保田さんの身長聞いてきたらいいんじゃないか?」

「なるほど」

 さっそくメールで問い合わせる。どうせ六時くらいにならないと返信こないけど。いまは仕事中だ。

「じゃあ、今日はこの辺でいいや。明日カメラもってきて写真撮って、久保田さんの身長になるようにプロジェクタで映せば、骨のサイズわかるよね」

「メンドクサそうだな。ま、ガンバレよ」

「凛ちゃんは?」

「あたしは、ダビデの股間」

「そう。石彫選択したんだね、ガンバって」

「なにかツッコミはないのか」

「本気じゃなかったの?」

「うーん、どうだろ」

「つまりあれだ。本物の股間は納得できないんだ。ミケランジェロにケンカ売るんだ。凛ちゃんならもっと立派なのができると」

「立派つうかな」

「大迫力だ」

「恥ずかしくないのか」

「四メートルくらいあるんでしょ?股間だけでもけっこう大きいんじゃない?」

「うん。まあそうか。あたしのことなのに、恥ずかしくなってきた」

 形は骨格標本を見て、大きさはプロジェクタで確認して、ブロンズで骨格をつくることにした。うんざりなんだけど、人間の骨って二百くらいあるのだそうだ。すぐに大阪に出かけなくちゃいけないというのに。

 花束の方も並行して進める。ネットで調べたところによると、ネアンデルタール人が死者に供えていたと考えられている花というのはヤグルマギクらしい。いまは季節じゃないから生花を手に入れることはできない。写真からデザインを起こしてブロンズでつくる。

 ヤグルマギクの花は青紫色だ。時間がないというのに、花びらだけ七宝で色をつけるというアイデアが浮かんでしまった。


 さらさらと砂時計の砂が落ちる。すべて落ちきったところでティーポットから紅茶をそそぐ。柑橘系の華やかな香りが鼻腔をくすぐる。くしゃみがでそうなわけではない。

「いいかおりですね」

「楽しい夜が待っているような予感ですか?」

「うん。よく眠れそう」

「ほどよく疲れてですか?」

「今日はもうクタクタです」

 攻撃をかわすのだけは一流だな。

「これはレディグレイといって、某有名企業が開発した、まだわりと新しいフレイバーです」

「レディグレイですか。それなら知ってます」

「ネアンデルタール人が死者に手向けた花がヤグルマギクらしいです」

「なるほど。ネアンデルタール人になった気分を味わうんですね」

 久保田さんが一口飲む。

「どうですか。ネアンデルタール人になれましたか」

「いや、まだホモサピエンスくささが抜けないですね」

 席を立って、デスクに向かう。ヤグルマギクを検索する。検索結果のサイトにアクセスして画像が表示された。

「相内さん、これを金属で作るんですか」

「そうです。花束にします」

「花びらめちゃくちゃ作らなくちゃいけないじゃないですか」

「型抜きすれば形はすぐにできます」

「それを溶接するんですね」

「そうです。さらに七宝で色もつけます」

「そんなことやってて、締切に間に合うんですか。大阪行ってる場合じゃないんじゃないですか」

「最後は人海戦術になりますかね」

「水曜しか手伝えませんよ?」

「わかってます」

「骨はどうなってるんですか」

「頭は板から叩きだして、なんとか。肩、肋骨、背骨、骨盤は一体にして鋳金しようと思ってます。原型つくってるところです。手と足も別々に鋳金かな」

「背骨一本づつ叩いてたら四年くらいたっちゃいそうですね」

「さすがにそこまでひどくないですけどね。でも、全部で二百パーツって想像すると気絶しそうになります」

「そんなにあるんでしたっけ。マニアックな骨がいろいろあるんでしょうね」

「もうアルベルトと仲良くなりました」

「なんですか、アルベルトって」

「安心してください。骨格標本のアルベルトですよ」

「名前つけたんですね」

「すこし小さ目のアルベルト。本体は久保田さんサイズになりますからね」

「うれしくありません」

「わたしは楽しみです。原型の仕上げのときは協力してくださいね」

 久保田さんの肩に手をのせる。

「なにさせようっていうんですか」

「動かず立っててくれるだけで大丈夫です」

「動きたくなるようなことはしないでくださいよ?」

「ちょっと骨を触るだけです」

 鎖骨を指でなぞる。

「うーん、いやらしくないですか」

「よろこんでください」

「脱ぎませんよ?」

「骨が触れれば脱がなくてもいいです。脱いでもらえればはかどりますけどね」

 ここは第二の故郷、久保田さんの部屋。もちろんなにごともなく、同じベッドに並んで寝た。久保田さんの橈骨と尺骨をつまむようにして。

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