第15話 大学の課題は過大(1)
「なんで泊まりにくるんですか。相内さんの実家じゃないんですよ?」
「もう実家ってことでいいじゃないですか、第二の」
「故郷みたいに言わないでください」
十月にはいってガッコウがはじまった。当然の成り行きとして、課題について考えはじめている。沙莉は金属を選んだ。選択なのだ。ペンギンのオブジェを作ったとき金属彫刻が面白いと思ったからだ。ペンギンのオブジェに、ペンギンのスプーン、クラゲの風船と、久保田さんに近づく口実で海の生物ばかりテーマに選んできた。今回は別のテーマを考えるつもりだ。ガッコウの課題だし。クラゲの作品の構想がかたまったころから、うっすらと考えていることはある。けれど、具体的なものになかなか結びつかない。具体的にならなければ作ることができない。形のないものは作れないのだ。ずっと足踏みしたままだ。久保田さんとの関係のようだ。それで、久保田さんの顔を見にきた。なにかインスピレーションが湧くかもしれない。
今日は事前連絡なしで、久保田さんの帰宅時間に合わせてアパートの部屋に突撃した。ちょうど久保田さんが部屋にはいるところを捕まえることができた。
「後期の課題。死とか、残されたもの、みたいのをテーマにしたいと思ってるんです」
「それは、やっぱりこの間の事件があったからですか?」
「そうです」
「阿久津さんと笹井さんのためですか。弔いになりますね」
「だといいですけど」
「相内さんにとっては、クジラのお礼ってことになりますか」
「そしたら、花束とかかな」
「ネアンデルタール人が亡くなった人に花を供えたんじゃなかったかな。宗教とか文化とかないと考えられているのに、死者を弔う気持ちがあったかもしれないって、人類の進化の分野で話題になった気がします。ネアンデルタール人じゃなくて、ほかの人類だったかもしれないけど。洞窟にそういう化石があったみたいです」
キメの細かな砂を踏みしめて暗い洞窟を進む。手に切り花をもっている。地面に山ができている。切り花の山だ。暗くて色彩がぼやけている。山の前に立ち尽くす。花の途切れているところに、安らかに眠る顔。愛した男の顔がある。手の中の花を山に加える。
ぱぁっと花の山が光を放つ。花が飛び散り色鮮やかな花びらが舞う。洞窟内に光が満ち、花びらが周囲に渦巻く。横たわった男は生きているように血色がよく、瑞々しい。いまにも起き上がって抱きしめてくれそうだ。もうそこは洞窟ではない。青空の下の花畑だ。鳥が鳴き、蝶が舞う。幸せだ。ならんで寝転んだとなりの顔も笑っている。
「相内さん?」
久保田さんが。死んでいる。いや、死んでいない。心配そうな顔でこちらを見ていた。妄想は吹き飛んだ。
「なんなんですか」
久保田さんが憎い。
「といいますと」
「なんでそんなやすやすとアイデア出しちゃうんですか。わたしは悩んでたのに。いますごいインスピレーションで、その情景が浮かびましたよ。ほとんどあとは作るだけって感じです」
「それはすごいじゃないですか」
「でも、ボツです。わたしから湧き出てきたインスピレーションじゃない。久保田さんのものです」
「でも、ペンギンもおれのおかげって」
「それは、インスピレーションの源ってことです。インスピレーションそのものじゃない」
「はあ、すみません」
本当にすまなそうな顔をしている。まったく、お人よしなんだから。
「創造のむづかしさとか、クリエイターの流儀みたいのとか、ぜんぜんわかんないんで。余計なこといってしまいましたか」
「ちがいます。八つ当たりです。わたしにできなかったことを、さらっとやってしまって、それを目の当たりにしたので」
「大丈夫です。八つ当たり、しちゃってください」
でも、やっぱりいいアイデアかもしれない。ブロンズかなんかで骨をつくって、同じく花束をつくる。床に骨を置いて周囲をスクリーンかディスプレイで囲っておく。見る人が花束をどこかに置くと動画が再生される。うん、そんな感じだ。これを超えるアイデアはないのではないか。
「でも、すみません。やっぱりいまのアイデア、借ります」
この方向でいろいろ調べたい。そうしたら、あらたなインスピレーションが浮かんでくるかもしれない。
「そうですか。やりたいようにやってください。できることなら協力します」
「べつに利用してませんよ?」
「まだ覚えてましたか」
「わたしは、久保田さんのとなりにいたいから、いるだけです」
「光栄です」
「あともう少しで婚前旅行ですね」
「ちがいます。大阪芸大の大学祭です」
大学祭は金土日の三日間。芸祭と同じ。久保田さんは四日間の夏休みをとってくれることになった。金曜の朝館林を出て、月曜日に帰ってくる予定だ。
「楽しみですね」
「よかったです」
「久保田さんは楽しみじゃないんですか」
「うーん、この歳になるとなにかが楽しみってことはほとんどないです。あ、相内さんの作品ができあがるのは楽しみです」
「美女と旅行できるんですよ?」
「まあ、そうですけど。美女とこうしてすわってるだけでも十分幸せです」
照れるようなことを言ってくれるけど、どうなんだろう。やっぱり一緒に旅行できるのが楽しみといってもらいたい。
「美女と旅行したことあるからですか」
「ノーコメント」
「ったく。ノーコメントはぜんぜんノーコメントになってませんよ。学生のころ付き合ってた女の子と旅行したことがあるんですね」
「」
まったく。
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