第14話 赤ちゃん、ばぶばぶ(2)

 金子さんが帰ってきた。

「おう、悪りいな。赤ん坊は?」

「奥さんがおっぱいあげてますよ」

「相内さんもありがとな。助かる」

「すぐに、もっと感謝したくなりますよ」

「そいつは楽しみだ」

 金子さんは奥にはいっていった。

 沙莉はバッグからメインをだした。真空パックした牛肉のかたまり五百グラムだ。昨日のうちに真空パックして炊飯器の保温で一晩火を通してある。ボウルにお湯をはって真空パックをしずめる。すぐにお湯が冷めるからこれでいいだろう。

 煮物も味付けしたら火をとめて味をしみこませる。全部が食べるまえにひと手間かけるだけでいい状態になった。

 金子さんが赤ちゃんを抱いてキッチンにやってきた。赤ちゃんは眠っている。

「おっぱいやって、そのまま寝ちまってた」

「寝かせておいてあげたほうがいいですね。腹はどうです?はじめますか?」

「おう、そうしよう」

 ダイニングにまずは鯛のカルパッチョをもってゆく。金子さんがビールの缶をだした。

「奥さん飲めないのにいいんですか」

「もともと飲める方じゃねえんだ。気にするな」

「じゃ、遠慮なく」

 沙莉もビールをグラスに注いでもらった。

「では、赤ちゃんの誕生、おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おう、ありがとな」

 ビールを飲んで、鯛を食べる。ああ、なんて楽チンなんだろう。一尾の鯛をさばかなくても刺身が食べられるなんて。スーパーに乾杯。

「煮物味見してください。まだ味しみてないけど」

 煮物をよそってだす。テーブルが和洋折衷だ。奥さんが起き出してきた。

「ごめんなさい。寝ちゃってた」

「大丈夫か?ハラ減ったか?」

「うん。食べたい」

 赤ちゃんの様子を見てから席に着いた。金子さんがグラスに麦茶をそそぐ。ここだとばかりに誕生祝の箱をとりだした。

「赤ちゃん誕生のお祝いです。おカネは久保田さんがだして、頭と手間はわたしがだしました」

 奥さんが受けとって、包みをあける。銀のスプーンが輝きを放つ。

「すごい。これを作ったってことなの?」

「そうですよ。金槌で叩きまくって、こんな銀の棒から」

 手で銀の棒の大きさを示す。

「こいつのことか、感謝したくなるってのは。たしかに貴族でも使いそうなスプーンだな。感謝」

「あ、すみません。食べてください」

 煮物を小皿にとって奥さんに渡す。スプーンは金子さんが箱から取り出してタメツスガメツで見入っている。

「すっげえ、職人技だな」

「アーティストですけどね」

 普段から金子さんと久保田さんの関係はこんな感じなんだろう。スプーンを奥さんに渡す。

「大きくなってスプーンが小さくなったら飾ってくださいね。ケースも百均じゃなくて作ったんで」

「ケースまでつくったの?すごいね。暖炉つくってマントルピースに飾らないと」

「暖炉かよ」

 久保田さんが沙莉に顔を寄せる。耳を貸す。

「ネにもってましたね」

「いつものことです」

 料理の減り具合を確認する。

「そろそろメインいっちゃっていいですか」

「どんとこい」

「待ってたんだよ」

「お願い」

 見せ場がやってきたようだ。真空パックから牛肉の塊をまな板にだして、ステーキの厚さに切ってゆく。アルミホイルにのせて、カセットバーナーで表面をなでるように焼く。楽しい。皿に盛りつけ、ステーキソースをかけて完成。

「芸大生はみんなそんな風に料理すんのか?」

「これは芸大関係ありません。真空パックにいれて六十度に保つのが、一番おいしくお肉を食べる方法なんですよ。最後のは、焦げ目をつけるだけです。焦げ目がおいしさを増すらしいです。お店でも、実はこんな風にやってるんですよ。バーナーじゃなくて網焼きとかですけど」

「へー。料理に詳しいんだな」

 久保田さんが言葉を飲み込んだ。沙莉は笑顔で答えた。最近まで料理が苦手だったなんてことは黙っていればいいのだ。お肉はやわらかジューシーで異世界の味わい。普通に焼いたのではこうはいかない。評判も良かった。

 シメはスパゲティ。生パスタを買ってきた。二分茹でればいいというもの。これを一分だけ茹で、作っておいたトマトソースとチーズとフライパンでからめる。ポモドーロだ。

 食べたあとの皿と、使った鍋とフライパンは、男性陣が洗うことになった。沙莉はケータイでクラゲ作品の動画を奥さんに見せる。

「これが本業です。あ、スプーンもですけど」

「すごいね、幻想的」

「ブラックライト当てて、塗料を光らせてるんです。このクラゲの風船が作品のメインで、わたしが作ったんですけど」

「風船て作れるんだ」

「おっきい機械でフィルムを加工するんです。こう丸みをつけるんですね。で、パーツを作っておいて、熱でくっつけるんです」

「工場の作業みたい」

「ほとんど工員です」

「あー、すごい。月に群がってる。これはどうやってやったの?」

「クラゲに磁石を仕込んであるんです。小っちゃくて強力なやつ。で、月の内側に鉄の棒とその先にライトをつけてるんです。クラゲがごちゃってなってるのも磁石のせいですね」

「磁石なんだ」

「これ、赤ちゃんが生まれたって聞いて思いついたアイデアなんです」

「やっぱり、これ卵子と精子に見立ててるんだ」

「そうなんです。はじめはクラゲと月はつきものだよなって思って悦に入ってたんですけど、このアイデアのおかげで、クラゲが海を飛び出すことができたんです」

「すごいね。クラゲが海を飛び出しちゃったんだ」

「海どころか宇宙行ってますけど」

「家に飾ったりできないのもったいないね」

「ブラックライト当てないとキレイじゃないし、ヘリウムのボンベが部屋にあったら邪魔ですよね」

 赤ちゃんがまた起きた。まだ一時間くらいしか寝ていないのに。忙しいことだ。

「皿洗い終わりました?あと、煮物とトマトソースをタッパにつめて、鍋洗うんですけど」

「やりました」

「じゃ、帰りましょうか。久保田さん」

「なんだよ、もっとゆっくりしてけばいいじゃねえか」

「金子さんは赤ちゃんを抱っこしてください。奥さんお風呂にいれてあげないと」

「そうか。抱っこうまくなったんだ」

 金子さんが赤ちゃんを抱っこして玄関まで見送りに出てくれた。

「冷凍庫に贅沢なアイスがいれてあるんで、奥さんと食べてください」

「ありがとな、至れり尽くせりだ」

 金子さんの家から久保田さんの部屋に向かう。

「やっぱり泊まっていきますか」

「わかってたでしょ?」

「予想はついてましたよ」

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