生まれつき
むーこ
地毛証明書
父の転勤にあたり転入した中学校で、担任の先生に地毛証明書を提出しようとしていた矢先、職員室に不良グループの男子達が数人乗り込んできた。彼等は「転校生どこ!?」「男!?女!?」と口々に言って職員室を練り歩き、私と目が合うなり「おったぞ!」と目を輝かせて叫んだ。
「どっから来た!?」
「何年何組!?」
「ライン交換しよ!」
矢継ぎ早に質問をしてくる不良達。「教室に戻れ」と叱りつける先生と彼等の間に挟まれて戸惑っていると、不良グループのリーダー格らしい男子─顔に大きな痣のある無口な男子が、先生の机に置かれた書類を拾い上げた。それは地毛証明書。私は髪の毛が生まれつき赤みがかっているので、中学生になってからは学校に幼少時の写真と証明書を提出している。
痣の不良は証明書をしばらく眺めた後、それをどこかへ持ち去ろうとした。
「あっそれ…!」
私が証明書を指すと、先生が「おいコラ首藤!」と怒鳴った。
「それどうすんじゃ!さっさと返せ!」
先生の怒声に『首藤』と呼ばれた痣の不良は「校長室行く」とだけ返して歩き出した。
「お前が持ってってどうする!何かあるんやったらここで言え!」
先生がそう言うと、首藤は先生をキッと睨みつけ、机の上に証明書を叩きつけた。
「髪の色が他の奴と違ったら証明書出さないかんのやろ。じゃあ俺は肌の色が他の奴と違うけん、それも証明書出さないかんのやないんか」
先生も、私も、周りにいた他の先生達も絶句した。そんな発想に至るとは誰も思わなかった。
「お前のはいいんだよ…」
「なんで?同じやん。俺もその子も生まれつきどっかが他人と違うんやん。なんでその子は駄目なん」
「そうなってんだよ!屁理屈こくな!」
先生が再び怒鳴った。首藤は「説明できんやん」と鼻で笑い、続けて不良グループの中から地黒の男子が「俺も肌の色違うぞ」と声を上げ、他の不良達もヤァヤァと喚き出した。
私は先生と不良達のやり取りを縮こまって見ていたが一向に収拾がつかず、学年主任や教頭先生が出てきても騒ぎが泥沼化するばかりで、とっとと書類を出して帰りたいと思っていた私はつい泣き出してしまった。すると筆頭に立って騒いでいた首藤が突然静かになって「帰る」と踵を返した。先生も不良達もしばらく呆然としていたが、ややあって不良達が「今日は見逃しちゃる」と捨て台詞を吐いてゾロゾロと職員室を出ていった。
そうして私は証明書を出すことができた。
あれから7年、SNSを見れば私と同じように髪色が生まれつきのものであることの証明書を提出させられていた人間、現在また提出を迫られている人間が声を上げている。髪の色なんて生まれつき人によって違うのに黒髪のみが良しとされ、黒以外の色に生まれた人間が証明書を出さねばならないのは人権侵害に当たるのではないかと。また髪の色が教育現場に及ぼす影響があるのか、と。
実は首藤の件以来、私も疑問を抱くようになっていた。廊下で事情を知らない先生から声をかけられた時、知らない子から「ズルい」と声をかけられた時、通学路で視線を感じた時、制服を着崩したわけでも授業をサボったわけでもない私が生まれつき持っているものについてどうして肩身の狭い思いをしなければならないのかと。
首藤は自分の痣に強いコンプレックスを抱いていたらしい。他の子達に無い特徴が自分の、それも誰からも見られる場所に存在することに。だからこそ、他の子と髪色の違う私が他の子と同じように学校生活を送る為、書類の提出を求められていることが彼の中で許せなかったのだろう。他の子と違う特徴を持っていることが、書類を書かなければならないほどの悪しきことであると言われているようで。
現在、首藤が何をしているかは知らない。ただ人づてに聞いたところによるとバイト先で暴行事件を起こして逮捕されたとか。
暴行の動機は定かでないが、彼が他人との違いについて苦しめられていないことを願うばかりである。
生まれつき むーこ @KuromutaHatsuro
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