第2話

 睡眠で闇を晴らせない私はお化けが出ないよう祈りながら街を深夜徘徊した翌日、ABCをまた追いかける。名前は割れているが名付け親として今後共ABCと呼ぶことに決めた。朝から例の岐路で胡座をかいて待った後登場したのはBだけだった。朝は集合しないのか、確かに学生はよく寝坊するからなぁと合点を飛ばした先のBも想定外だったようでカップラーメンを茹でる為に必要な時間程度立ち止まり食べ歩きを選ぶことにした。これは幽霊の特質でも何でもない妄想です。ただその後AとCの姿は校内にも見えず、カップラーメンを製造する時間が如何程か知らないけどそのくらい後になってふと教室に現れた。面子が揃ったというのにAとCが親しげな距離を保つ傍ら、Bは窓の外を眺めて思春期の構図に甘んじる。昨日といい今日といい元々あっさりとした塩ベースの関係なのだろう。私の好みだ。

 放課後は数少ない例に漏れず三人揃ってローラー車の職業体験をし、仕事に疲れたのか『あーああいつのせいだ』『わたし達がこうなったのは』『本当邪魔だよね』昨日と同じ悪意を滲ませる。Aが孤高を気取り凛として前を向くB越しに同調する姿からは悪口に心踊る女子の狡猾さが垣間見える。暴力がない分男子よりマシだけど。それにしても今日はACペアがお熱いようで、Bと電波越しに喧嘩したのかなという憶測はこの立ち位置から破棄されるから何か二人の間で良いことあったのか。悪口が契機だとすれば私の死因に関わる情報をAも入手したのかもしれない。

 Aの怪しさを感受し今回はAの家にお呼ばれされてみようと尾行する。Aは不注意なのか来た道を振り返らない豪胆な女なのか真っ直ぐ家路を辿り二階の部屋へと収容された。Cの質素な部屋と異なり赤や桃色成分が多いはずの内装はブルーシートに覆われ、色彩に中立性をアピールしてくる。こんな部屋で気から病を引き出さないのかと覗くAは案の定顔が暗くなりシートにふわりと座った。

 直後私に向き直り包丁を突き付けてきた。幽霊相手でさえ被ったことのない突然の攻撃に思わず転げる所作を取る。

「くそぅ、殺せないなんて……」

 Aは明らかに私を見つめて手に物体を握りしめ声を伝えてくる。一度に生じた様々な矛盾に反応が遅れた。

「元はと言えばあんたのせいよ!」

 刃先が胸元を虚しく刺し続ける。捲れたシーツの下から血痕模様に化粧した絨毯が顔を出している。

心葉ここはに言われて黙っていたけど許せない!あんたを早く成仏させたい!あああああ」

「一旦落ち着いて」声が聴こえるはずなのに私の話は二階の窓から放り出され喚き散らす。想定外に刻まれていくカーテンや机に同情を添えて鑑賞するとAは運動終わりのブレークタイムに突入した。

「あなた、もう死んでる?」

 一つの事象を除いてそれを主張する様態に率直に訊いた。

「もうバレちゃったか」

 私の質問に回答をくれたのは涙を浮かべ自己陶酔する目の前の少女ではなく一階から生えてきたCだった。

「ヘマしないか見守っていたけど案の定だよ」

 スケッチブックを腰に携えたまま媒体無しの進歩的な声を響す。初めて聞く地声に感動する場合ではない。話せないはずではなかったか?

「あーこれ演技だから。わたし話せるから」

 私の目線を汲んで即座に罪状を明かす。生きてる時は無理だったけどと付け加えて。

「察しの通りわたし達はもう死んでる、幽霊」

 ひゅーどろどろうらめしやーと手首を折り曲げる格好は拝めなかったがその手首を掴もうとすると握り拳を作れた。今の彼女の証言は事実だ。後ろでAがぎゅると鳴いた。

「いつから死んでいたの?」

「わたしはお前が目覚めた初めから。真中は昨日の夜」

 つまりCとは出会ったときから同じ穴の狢だった。今考えれば違和感は読み取れるがかなり力の入った好演だったぞ。私に見られている間だけ、とは言っても生身と区別はつき辛いし。私の昨夜の行動などは認知しながら腹の奥底で笑っていた訳だな。悔しい。

「今日Aと仲良さそうにしていたのも演技?」

「いや普通に話してただけ。あ、知らないんだ。テレパシーって人選べるから」

 開放的なコミュニケーションを当然視する人には無い発想なのかな、とまた追加する。色々聞きたいことはあるけど順を追って尋ねる。

「何故生身の演技をしていたの?」

「お前を無視するため」

 その回答に忘れたはずの拍動がどくんと揺れる。

「幽霊は物理的に攻撃できないから精神的に攻撃しようと思って。テレパシーは送信側は自由だけど受信を遮断するのは距離を取らない限り不可能だからさ。生身のフリをすれば一方的に無視という名の攻撃ができると着想したのよ。空気椅子とか大変だったんだけど」

 Cはドア側に傾き境界を不明瞭にする。その身に付けたスケッチブックを乾いた目に収める。

「何故、無視するの?……態々それを使ってまで」

「単純に憂さ晴らし。態々というか普段の会話はこれが慣れてるし。勿論その内バレると思っていたけど早かったな」

 期待していた死因に直結する複雑な事情は唱えられず追求しようのない答えが返された。そしてその裏切られた期待は直ぐ修復され私の脳を脅迫した。

「……あーあ、何でお前のせいで死ななきゃならなかったんだよ、糞が」

 は?私のせいで死んだ?私が殺した?私の生身は今と様変わりしていたのか?記憶が欠けたとは言え人格まで変わった気はしないのだけど。仕方ないそろそろ直球勝負するか。好物の苺をクリームの後に残して親に取られたことのある私は最後に取っておいた質問を投げた。

「私を殺したのはあなた?」

「は?違うよ……そうか、死因の記憶は一度消えるからな。わたしはスケッチブックで思い出したけど」

 一番怪しい人物の容疑が否認される。Cには最低限の人格を守って欲しかったから安心するけど嘘ついてないよね。

「じゃあ教えてあげようか」

 Cは自身の死を脇に置いてにやっと提案する。ある意味何処までも優しい人に見えた。私が頷くと、今や使う必要のない紙面を掲げ、目の前に固定した。

『やめてあげなよ』

 その一言に意識が吸い込まれる。風の音、燻んだ空の中私は座っていた。

「お前は校舎の屋上から落ちて死んだ。わたしは助けようと一緒に落ちて死んだ」

 三人が私の後ろで雑音を掻き立てる。Bが私の背中を笑いながら蹴る。空中から眺める地面のコンクリート。最期に感じた微かな体温。

 思い出した。

 世界に無視されていたこと。

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