終章 4話「巫剣」

 支倉に撃たれた直後。

 聖十郎は暗い闇の中で目を覚ました。


「おや、やっとお目覚めだね」


 近くで聞き覚えのある声がする。




「ミヅチ」


「まったく。あの程度の禍魂でここまでひどい状態になるなんて、君、案外脆いんだねぇ」


 自身をいらだたせる声に、その主をにらみつける聖十郎。


「そんなことはどうでもいい。それよりも俺は早く戻らないといけない」


 そう言う聖十郎にミヅチが返す。


「無理だね。君は死んだんだ。今度は間違いなくね」


「死んだ? 現に俺はこうして――」


「死んだよ。これからお前は禍憑になるんだ。そしてあの巫剣どもにはらわれる。巫剣使いとしてはいい最期じゃないのかい?」


 そう言って嗤うミヅチ。


「なら、お前も祓われるんだな」


 ミヅチの言葉にそう言い返す。

 その言葉に、ミヅチの表情が怒りの形相に変わる。


「お前、今、このわたしになんて言った?」


「なんだ? 聞こえなかったのか? ならもう一度言ってやる。お前は城和泉たちに祓われる」


 更に怒りを露わにするミヅチ。


「いいかミヅチ。お前は役にも立たない、名さえない禍憑に乗っ取られ、それごと巫剣に祓われるんだ」


「ふざけるな! 人間!!」


 怒りのままに聖十郎にくってかかろうとする。

 その様子を見、聖十郎が言う。


「そうなりたくなければ、俺を助けろ。できるんだろう?」


 聖十郎のその言葉に、全てを察するミヅチ。


「お前、はじめからそれが目的だったね?」


「お前は、俺が死んだと言ったが、今もこうして話している。どうせ前と状況は変わらないのだろう?」


 その言葉にミヅチが呆れる。


「まったく、くだらない知恵をつけたね。君、その知恵で苦しむことになるよ? 今以上に後悔することになる」


 そう言うミヅチに聖十郎が答える。


「あの子たちが誓いを破ろうとしている。それを止められるのは人である俺だけなんだ」


 聖十郎の言葉に、ミヅチが大声で笑う。


「君、まだ自分を人間だと思っているのか? 愚鈍にも程がある。いいだろう気に入ったよ。その愚かさに免じて助けてやろう。これからも私のために散々苦しむといいよ」


 その言葉を最後にミヅチの気配が消える。





「主様!」


「隊長くん!」


 桑名江と牛王の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。



 それが、自分のあげた声に応えたのだと聖十郎には分かった。



 支倉に斬りかかろうとした城和泉を止めなければならない。

 その一心で、聖十郎は立ち上がると、再び城和泉に声をかけた。


「城和泉。下がってくれ。人の相手は俺がする。君たちの立てた誓いを破らせはしない」


 言うと、腰の菊華刀を抜き放つ聖十郎。


「主……!」






「おや? おかしいですね。隊長さん、無事なんですか?」


 聖十郎の様子に怪訝けげんな様子の支倉。



「おかげさまでな」


「でも、その様子じゃ刀も振れなさそうですね。残念です。僕たちの仲間になれたかも知れないのですが」


「元よりそのつもりなどない」


 返す聖十郎。


「まぁ、いいです。皆さんの本質は分かりましたから。隊長さんもそろそろ巫剣を武器と認めたらどうですか?」


「ふざけるなッ!」


 怒気の籠もった声で聖十郎が吠える。


「お前の相手はこの俺だ! 巫剣たちには決して人を手にかけさせない!」


 叫ぶ。

 しかし、その怒りすら分かっていたかのように支倉が笑う。


「その体で本当に僕と戦うおつもりですか?」


 余裕の表情で、聖十郎に問う。


「どんなに手負いだろうと、人間相手に後れをとるものか」


「人間。そうですね……。ただ、あなたとは違う。僕らは人として禍憑と共生することに成功しました」


 そう言うと、支倉は手に持った銃を捨てた。


 その予想外の行動に、今まで注意深く相手を観察していた聖十郎の気が逸れる。

 刹那、支倉の腕が鞭のように伸び、しなり、聖十郎に襲いかかる。


「しまった!!」


 そう心の中で思ったときには既に手遅れだった。

 刃物のように変異した支倉の指先が、聖十郎の喉元深くに突き刺さろうとしている。


 人間には決して行えないたぐいの攻撃。

 支倉の姿形からは想像もできない攻撃だった。


 身をひるがえす暇もない。わずかでもそらせれば致命傷は避けられるか、様々な考えが去来きょらいする。


 しかし、次に聖十郎の耳に聞こえてきたのは、研ぎ澄まされたはがねがそれを弾く音だった。


「何、ぼーっとしてるのよ」


 支倉の一閃をはじき返したのは城和泉だった。


「主様、わたくしの後ろへ」


 そう言うと桑名江が聖十郎の前に出る。


「城和泉、敵は少佐殿だけじゃないからね?」


 落ち着いた牛王の声が聞こえてくる。

 おそらく彼女はこの戦場を既に把握しているのだろう。


「残念ですね。僕たちが得た力。隊長さんにも存分に味わってもらおうと思ったのですが」


 そう言うと支倉と2人の男は見る間に姿形を変えていく。

 それは、まさに醜悪な、禍憑のそれだった。


「なによ、やっぱり禍憑じゃない」


 その姿を見やり、城和泉が呟く。


「そうですね」


「なら遠慮することはないね」


 桑名江と牛王も続く。


「禍憑?」


 その言葉に、支倉だったものが答える。


「僕はまだ人ですよ。自身の中に禍魂を取り入れ自在に力を使えるようになっただけです。元来、人にはそういう素養が備わっていたのですから」


「何を言っている……!」


 支倉の言葉に聖十郎が嫌悪感を示す。


「分からないんですか? 生物とは元々陰と陽の拮抗きっこう。巫剣という存在自体こそ不自然だと言うことに」


 そう返す支倉。

 その姿にはもはや元の面影はなく、巨大な体躯から轟音と共に一撃が振り下ろされた。



 それを軽やかに躱す3人。

 振動と共に、石床の表面がえぐり取られる。


「主! を」


「分かった!」


 城和泉の声に聖十郎が応える。


「主様、こちらへ」


 桑名江が、聖十郎を連れ後ろに下がる。


「城和泉! 少佐殿は任せるよ!」


 言うが速いか、牛王が記者だった2人に走り寄る。

 その2体の禍憑から繰り出される攻撃を右に左に素早くかわしながら接近する牛王。


「はぁ!!」


 目にもとまらぬ速さで1体に斬りかかると、腕を落とし攻撃手段を奪う。


「桑名江!!」


「分かりました、牛王さん!」


 答えると同時に、桑名江がもう1体に一気に駆け寄る。

 深い踏み込みから大きく周囲をなぎ払う。


「やぁ!」


 桑名江の一閃に胴を両断され、崩れ落ちる禍憑。


「城和泉さん!」


「分かってるわよ!」


 牛王と桑名江の息の合った連携。

 それはひとえに城和泉の攻撃を支倉に集中させるためのものだった。


「たぁ!」


 気合いの声と共に振り下ろされる刀。

 一撃、二撃と支倉に撃ち込んでいく。


 すんでで受け流してはいるが、防戦一方の支倉に勝ち目はないだろう。


 残りの禍憑も祓い、加勢に入る牛王。

 桑名江は、再び主人公の守りにつく。


 長らく3人と聖十郎が培ってきたものがそこにはあった。


 しかし、それ以上に聖十郎の目を捕らえて放さないものがある。

 それは、軽やかに、そして美しく舞う姿。


 その研ぎ澄まされた姿こそ、彼女たちが巫剣であると改めて聖十郎に意識させた。


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