終章 3話「答え」


 そこは暗く、灯りの見えない、まるで深い井戸の底のような場所だった。


 遠くで支倉の声が響いている。


「ああ、この様子じゃ助かりませんね」


「何をしたの!?」


 城和泉の声が響く。


「何って見ての通りです。隊長さんにも僕たちの仲間になって頂こうと思いまして」


「仲間だって?」


 牛王が返す。



「『ウ式合金』、正確には『人造じんぞう緋色ひいろがね』ですが、それを撃ち込ませて貰ったんです。今頃弾丸に付着した禍魂に身体を乗っ取られていることでしょうね」


「主様!!」


 桑名江の声が轟く。


「桑名江、まずは禍魂を祓わないと!」


 牛王の声だ。


「だめです! 試してはいますが……」


「2人とも、主をお願い」


 城和泉の深く落ち着いた声だった。


「城和泉さん!?」


「おや、刀を向けるんですね。僕は人間ですよ? そしてそこの2人も。もしかして斬るおつもりですか?」


 城和泉の様子を見て支倉が言う。


「斬るわ」


 淡々と答える城和泉。


「『百華の誓い』はいいんですか? 巫剣の皆さんで決められた大切な誓いだと聞いていますが」


「……斬るわ」



 城和泉は、再びはっきりとそう返した。






 支倉龍臣は天目家の傍流ぼうりゅうに産まれた人間だった。


 その生い立ちから、天目家本家のそばつかえとしての人生が決められ、天目の秘伝に触れることは許されない。巫剣や鍛冶の知識、技術を学ぼうとも、如何に才能に秀でた人間であったとしても、本流にはなれない。それは覆すことのできない事実だった。


 それが、支倉龍臣の人生に影を落とすことになる。



 血のにじむような努力も己の才も、全ては生まれというただそれだけのことで無に帰す。


 彼が天目家を憎むようになるのに、そう時間はかからなかった。

 そして、その憎しみは天目家がよりどころとしている巫剣にも及ぶ。




「虚勢ですね」


 支倉が答える。



 巫剣はその誓いによって人間を斬れない。いや、斬らない。

 斬ってしまえば、また自分たちが武器に戻ってしまうことを知っているからだ。人として生きるためにも巫剣たちは、その呪いにも似た誓いを守らなければならない。

 この銘治の世で、人として生きていくために。


 愚かな誓いだ。

 支倉はそう考えていた。


 ただ武器としてあればよいものを、天目や朝廷に守られ、武器であるという己の本質を捨てる。

 自分が焦がれ、それでも届かなかったものが、愚かにも立てた誓い。


 今、それによって彼女たちが苦しんでいる。

 その事実が何よりも支倉はうれしかった。


「『百華の誓い』がある限りは、あなたたちが人間である僕を斬れるわけがない」


 城和泉を挑発するかのように言葉を継ぐ。


「大切な誓いなんですよね?」


「そうね。大切よ。私たちが人の世で人に寄り添って生きるために必要な誓いだもの」


「そうですよね。だから、あなたは僕を斬れない。ちょうど今捕らえられている他の巫剣同様に」


 自信に満ちた顔で言う支倉。


「ところで、隊長さんはいいんですか? 苦しそうですが」


「牛王と桑名江がついてるわ」


「では、あなたは何を?」


「言ったでしょ。私はあなたを斬る」


 支倉の問いに淡々と答える城和泉。


「誓いはどうするんですか?」


 そう問う支倉を、城和泉は真正面から見つめる。


「目の前で大切な人が撃たれた。その人はこの世を守るために戦っている。そして、撃った相手を放っておけば事態はより悪化する」


 静かに、落ち着いた声で話す。


「私は人の世を守るために……。ううん。大切な人が生きる世を守るために刀を振るうの」


 支倉の問いに答える城和泉。


「主には2人がついているんだから大丈夫。私はあなたたちを斬って、そして事態を終わらせる!」



「城和泉さん、それではあなたが……!!」


「ダメだよ、城和泉!」


 キッと支倉を睨み、はっきりとそう宣言する城和泉。その言葉を聞き、桑名江と牛王が痛切な声を上げる。


「ははは。なんだ、結局誓いとはその程度だったんですね」


 支倉がうれしそうに笑う。


「やはりあなたたち巫剣は武器ですね。人を斬るための武器です。よかった。僕の考えは間違っていなかったようです。本家の人間に聞かせてやりたい!」


「あなたの事情なんて知らないわ。ただ、私はその人が守ろうとするこの世を守りたい。それだけよ。たとえ私が……」


 そう言うと、刀を構え直し支倉に近づく。


「私が、なんですか?」


 城和泉が言わなかったその先。何を言おうとしたか分かっているとでも言いたげに、支倉が聞く。


「誓いを守って大事な人をなくすくらいなら、誓いなんて――」


 そう城和泉が口にしたときだった。


「――ダメだ! 城和泉!!」


 痛みで意識ももうろうとしているはずの聖十郎が声を上げた。

 暗い井戸の底から天に向かって。

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