終章 2話「潜入」
その工房は、軍施設内の奥まった場所にあった。
支倉と冬馬が警備を引き付けている間に、聖十郎は城和泉、桑名江、牛王を連れ敷地内に侵入する。
そのまま建物の影を伝い、工房まで走り抜ける一行。
「ふむ。この建物で間違いなさそうだ」
呟く聖十郎。
「ここの地下に秘密工房が……」
城和泉が答える。
冬馬から渡された紙片を元に工房内に侵入を試みる一行。そこに記された情報はひどく正確なものだった。
「あったよ、隊長くん。情報通りだ」
建物の壁、少し高い位置にある窓を調べていた牛王が言った。
紙片に書かれた情報によれば、この窓からの侵入が地下への最短の道筋となるらしい。
また、これも紙片の情報通り、窓に鍵はなくそこから難なく侵入が可能だった。
「主様、足下にお気をつけください」
中に入った桑名江が、窓から下りる聖十郎の手をとりながら言う。
既に中にいる城和泉は周囲を警戒し、聖十郎に続いてしんがりの牛王も工房内に侵入した。
深夜ということもあり、工房内に人の姿はなかった。
高い天井といくつも設置された大きな機械、棚に並べられた器具類と油の匂いが、ここで何かが生産されていることをありありと物語っていた。
「こっちよ、主」
城和泉が先導する。
彼女の向かう先に、重々しい扉があるのが見えた。
紙片の情報を頼りに歩を進める一行。
情報通りであれば、その先、扉の奥には地下へと続く階段がある。
金属製の重い扉を開ける聖十郎。
その先は明かりも無く、まるで聖十郎たちを
闇へと続く階段を下る一行。
下りきった先は地下をくりぬいて作られた空洞のようだった。
徐々に目が慣れ、周囲の様子が露わになり始める。
むき出しの岩肌をそのまま壁に用いているからなのか、空気は若干湿り気を帯び、僅かにひんやりとしていた。
地上で見た工房と同様、様々な機械や器具が乱雑に置かれている。
「ここが秘密工房……?」
工房と言うには少し異質な雰囲気を感じ、城和泉が呟く。
「まるで、何かの儀式をする場所みたいだね」
機械式の器具に雑じり置かれている祭具のようなものに目を向ける牛王。
「儀式……。そうですね。確かにそうかもしれません。しかし、ここはあまりにも不浄な気配に満ちています」
桑名江が嫌悪の表情でそう呟いた。
「だいぶ昔からあった施設みたいだけど……」
壁や祭具の状態などを注意深く観察していた牛王が言う。
同様に周囲を見回っていた城和泉が、声を上げた。
「主! あれ!」
そう言い、城和泉が指さす先には、大きな石の扉が設置されていた。
「八宵たちはあの向こうか?」
聖十郎が駆け寄ろうとすると、どこからともなく声がかかった。
「そこの扉には近づかない方がいいですよ」
聞き覚えのある声に、咄嗟に振り返る聖十郎と桑名江。
城和泉と牛王も身構えて、声の方に視線を向ける。
「お前たちは!!」
聖十郎が声を上げる。
そこには、以前街で会った2人組の記者が立っていた。
「おや、覚えていてくれたんですね。これは光栄です」
「まったく、御華見衆も程度が知れるな。偽の情報に踊らされてのこのこ出てくるとはよ」
芝居がかった口調で小太りの男が答え、痩せた男がそう続けた。
「偽の情報だと……!?」
しかし、聖十郎の問いには答えず、小太りの男が続ける。
「その扉の向こうなんですがね、禍魂で溢れているんですよ。開けたら最後普通の人間では生きていられませんね」
そう言っていやらしく笑う。
「主様、やはりこの2人……」
「禍魂の気配か……」
桑名江の言葉に聖十郎が答える。
以前、街中で会った際、桑名江はこの2人から禍魂の気配を感じ取っていた。
そのやり取りを聞くが早いか、城和泉と牛王が刀に手をかける。
しかし、刀を抜こうとした刹那、痩せた男が言い放った。
「待てよ。嬢ちゃんたち。俺たちは人間だぞ? 斬るのか? 人間を!」
人間を斬るのか、問われたじろぐ城和泉と牛王。
その様子を見て、小太りの男がニヤニヤと笑う。
「斬れないですよね? 私たちは人間ですからね」
そう言うと、更にいやらしい笑みを浮かべて続ける。
「知ってますよ。『百華の誓い』ですよね。我々迦具土命は、あなたたちのことをそれはもうよく知っています。何しろ長いことあなたたちを研究してきたんですからね」
「研究、だと……!?」
小太りの男の言葉に聖十郎が反応する。
「巫剣はずっと人間と一緒にいますからねぇ」
そう言うと、得意げに言葉を続ける。
「あなたたちを研究しているのが天目家だけだとでも思ったんですか? もしそうなら想像力がない。見てください、この施設。もう何百年も前に作られたのに未だに現役なんですよ?」
大仰に、どうだとばかりに両腕を広げ、小太りの男が語る。
そして、言葉を続ける。
「ここで巫剣も禍憑も等しく研究されている。我々、迦具土命によってね」
「どういうことだ……?」
怒気を孕む声で聖十郎が問う。
その問いかけに、満足げな笑みを浮かべる小太りの男。
「あなた、巫剣使いのあなたは、何も不思議に思わなかったのですか? この世界に巫剣がいること、禍憑がいること、そして禍憑に必要な負の気を人間が孕んでいること。全ては繋がっているんですけどねぇ」
「繋がっている、だと…!?」
「まぁ、気にしてないのであれば、別に構いませんよ。何しろわたしたちはこうして共存することで新たな力を手に入れた。人間のままでね。わたしたちに必要なのは武器としての巫剣。意志のない武器としてのね」
「ふざけるな!!」
小太りの男の言葉に、聖十郎が怒りの声を上げる。
巫剣を武器して扱う。その言葉は聖十郎が何よりも許せないものだった。
「ふざけてなんていませんよ。こんなことふざけてできるわけないじゃないですか」
口調こそ柔らかいが、その男の声は狂気を孕んでした。口ぶりからも聖十郎の言葉など一切気にしていないのが分かる。
「武器として扱うだと……?」
冷静な判断力を失うまいと、どうにか自身の怒りを抑えようとする聖十郎。
「主……」
その様子に気づいてか城和泉が声をかける。
「おや、その様子だと本当に知らないんですね。ここだって長年の天目家の研究成果なしでは成り立たなかったのですけどねぇ」
「なんだと……!?」
天目家の研究成果なしでは成り立たない。それは『ウ式合金』の生成に天目家の技術が使われていると言った支倉の言葉を裏付けるものでもあった。
この施設には、長い年月をかけ天目家の技術が転用されている。
「敵を研究しない兵器開発者はいない。天目家だって巫剣も禍憑も研究しているんですよ」
小太りの男は自信満々にそう言うと、自らの懐に手を入れる。
その動作に城和泉たちが身構えるが、男は懐から悠々と拳銃を取り出した。
「はは。さすがに動きが速い」
「この距離なら、拳銃の方がはえぇぜ?」
細身の男が下卑た笑いを浮かべる。
「その程度、弾いてみせるわよ」
城和泉がそう答え前に出ると、牛王と桑名江が2人の男と聖十郎の間に割って入る。
「わたくしたちが、拳銃に後れをとるとお思いですか?」
桑名江が構えた、その刹那。
予想だにしない方向から銃声が響いた。
乾いた音が周囲に響き渡り、自身の背中に焼けるような熱さを覚える聖十郎。
「ぐっ……!」
短いうなり声を上げると、片膝をつく。
自分が撃たれたと理解するのに、時間はかからなかった。
しかしどこから!? 敵は目の前のはず。
痛みをこらえ周囲を見渡す聖十郎。
牛王と桑名江が自分に駆け寄ってくるのが分かる。
城和泉は周囲を警戒し、なにがしかを叫んでいる。
背中に広がる焼けるような熱さ。
その熱と痛みの中、聖十郎はなんとか3人の声を探す。
しかし、それよりも明瞭な声が背後から聞こえた。
それは、聞き覚えのある声。
「すみません、隊長さん。運がよければ生きていますよ」
右手に銃を持った支倉龍臣が、大きな祭具の影から姿を現した。
「支倉、少佐……」
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