終章「誓い」

終章 1話「料亭で待つ」


 紙片に書かれた住所は、神楽坂の料亭の一室を指定していた。


 ふすまを開けると、中には見知った顔が2人。

 古島冬馬と支倉龍臣だ。



 聖十郎たちが来ると早々に頭を下げる支倉龍臣。


「隊長さん、申し訳ないです。今回の件、完全に僕の不手際でした。まさかあそこまで強硬な手段に出るとは思いもしませんでした」


 虚を突かれ答えに窮する聖十郎。


「頭を上げてください。支倉少佐が我々のことを考えて動いてくれたことは、大尉殿から伺いました。こうして協力いただけるだけでも十分です」


「僕も微力ながら協力させて貰うよ」


 いつものにこやかな表情のまま冬馬が話す。


「よろしく頼む。今はとにかく情報が欲しい」


 そう返すと、聖十郎は自身が持っていた疑問を口にした。


「話を聞く限り、巫剣たちが軟禁されているのは、紛れもない事実なんだと思います。ただ、彼女たちがそう易々と捕まるとは思えない。それに脱出できないとも……」



「わたしたちが本気になれば、逃げ出す方法なんていくらでもあるはずなんだけどね」


 牛王が続ける。


「そうですね。疑問は最もです。それも含め、現状からお話ししましょう。まずは、こちらを見てください。」


 そう言うと、支倉は机の上に1枚の見取り図を広げる。



「これは、市谷の陸軍省内にある『とある施設』の見取り図です」


 支倉がそう話す。


「陸軍省内!? 機密情報では……?」


 その言葉に驚く聖十郎。

 しかし、その様子を見て冬馬が続ける。


「事態は一刻を争うからね。少佐殿も僕もある程度は覚悟の上さ」


「先ほどもお伝えしましたが、今回の件は完全に僕の落ち度です。このくらいで許して頂けるとは思っていませんが、できることはさせてください」


 支倉は、聖十郎を見据えそう言った。


「ありがとうございます。ご協力本当に感謝します」


 答える聖十郎。


「では、さっそく現状の説明を…」


 そう言うと支倉は、巫剣たちが、どこでどんな状況に置かれているかの説明を始めた。





「ここは普段、軍事工房として使われています」


 机の見取り図を指さしながら、支倉が説明する。


 現状巫剣たちが、この施設に捕らえられているのは間違いなく、そしておそらく場所は地下部分に作られた秘密工房だろうと説明を続ける。

 基本的には、他の軍事工房同様、陸軍で使う武器の開発・製造を主とする施設だが、陸軍省内ということもあり機密性の高い兵器開発も行われているという。


 それがこの秘密工房だと支倉は説明した。


「支倉少佐は、この施設をご存じなんですか?」


 あまりにも詳細な支倉の説明に、聖十郎が疑問を漏らす。


「存在くらいは知っていました。何しろ同じ軍務局に属する施設ですからね。ですが、工房は兵器課。僕の所属する課とは違いますので」


 そう答える支倉。


「なるほど……」


「まぁ、蛇の道は蛇と言いますか――」


 そう言って支倉が続ける。


「ご存じの通り、姓は違えど僕も天目あまめ家の人間です。御華見衆に関わる者として、普通の軍人よりはこの手の情報に通じていますし、調べる手段も持ち合わせています」


「では、この見取り図も?」


「はい。今回ほど自分があの家の人間でよかったと思ったことはないですね」


 そう言うと、支倉は自嘲気味に小さく笑った。

 そして、「話を続けます」と言うと、何故巫剣が自力で脱出しないのか、その説明に入った。



 今回陸軍の指揮下に御華見衆が入った件。それは、情報操作で煽られた市井しせいの状況もあったが陸軍内で御華見衆を危険視する見方が大きくなったことが大きいと言う。


 特に禍憑と巫剣の関係について、巫剣の特異な性質故か一部から巫剣が禍憑を呼んでいるのではないかという意見も上がったと言う。

 軍内では、過去の文献を元に巫剣と禍憑が対の存在にあるのではないかという論を唱える者も出てきた。

 そして、そもそも巫剣や御華見衆の全貌を知る人間が少なく、情報も公にできない以上、その誤解を解くのは難しかった。そのため一時的にも軍の指揮下に入れて様子を見るという体をとったという。


 これらの件については、指令や副司令にも話は通っていたとのことだった。

 悪用されないように、無駄な不安を呼ばないようにと隠されてきた存在が、その状況を逆手にとられ、窮地に追い込まれている。

 今まで巫剣という存在を隠し続けてきた自分たちにも責任があると支倉は言った。



 ここまでが、御華見衆が軍部の傘下に入った経緯だが、しかしそこには巫剣たちが捕らえられる理由は見つからなかった。


「軍の指揮下に入ったことについては分かりました。指令や副司令の同意なしでできることではないですし、状況をよくしようとして動いてくれたのだと思います」


 聖十郎が続ける。


「しかし、何故それで巫剣たちが捕らえられることになるんでしょう? それに彼女たちが自力で脱出しないことも――」


 聖十郎の言葉を遮るように、支倉が言った。


「人質がいるんです」


 その言葉に、今まで黙って聞いていた城和泉たち3人が息を呑むのが分かった。


「軍は、人質を取って巫剣さんたちの動きを牽制しています」


「誰が人質に?」


「八宵さんと御影みかげの2人だと聞いています」


「八宵と御影さんが!?」


 思わず、城和泉が声を上げる。


「ここのところ軍の工房に来ていましたので、そこを狙われたんでしょう」


 御華見衆の専属鍛冶の家系天目家。

 縁あってめいじ館に出入りすることになった天目御影は、その本家の娘であり次期当主ともくされている。

 めいじ館の工房を一手に引き受ける八宵と天目御影の2人は、軍にとっても恰好の相手だったのだろう。




「なるほどね。彼女たちを人質とは、考えたね」


 冷静にそう話す牛王だが、その表情には不安の色が出ていた。


「牛王さん……」


 桑名江が心配そうに牛王を見る。


「そして、人質と巫剣さんたちの見張りには軍の人間が当たっています」


 そう支倉が続ける。


「軍の人間? 確かに陸軍の一部が謀ったことですから見張りに軍人を立てるのも――」


 そこまで言い、あることに思い当たる聖十郎。


「『百華の誓い』か……」


「そうですね」


 桑名江が苦渋の表情を見せる。


「わたくしたち巫剣は、『百華の誓い』で武器であることを止めました。それは禍憑にのみ力を振るうと言うことと同義です」


「人に向かって力を使わないという誓い。それを逆手にとられた訳だね……」


 悔しそうな表情の牛王。


「そんな……」


 城和泉が言葉を失う。


「隊長さんの言うように、巫剣さんたちは自力で人質を助けることも、脱出することも可能でしょう。ただ、それをするためには人間を相手にしないといけない。それが何より重いかせとなっているんだと思います」


 人の世に寄り添うために武器であることを止め、人の世を守るために禍憑と戦ってきた巫剣たちにとって、それは人間からの裏切りにも等しい行為だった。


 支倉の口にしたその言葉は、城和泉たち3人に重い現実を突きつける。

 だが、聖十郎だけは違った。


「なら、人の相手は俺がしよう」


「主!?」


 聖十郎の言葉に、驚く城和泉。


「人の相手は人がすればいい。そうだろう?」


 そう言って、3人を見る。


「隊長くん……」


「主様……」


 桑名江と牛王も聖十郎を見る。


「ですが、隊長さん。相手は現役の軍人。一筋縄では……」


「大丈夫です。これでも鍛錬をおこたった日はありません。それこそ毎日剣の達人たちから手ほどきを受けていたんですから、後れをとるなんてことはありません」


 その言葉に驕りはない。

 それは、ここまでの積み重ねから出た言葉だった。


「分かりました。では、内部の詳細な説明に移ります」


 そう言うと支倉は地図の各所を指し示しながら、知る限りの情報を話し始めた。


 巫剣が捕らえられていると思しき部屋や秘密工房での研究内容。

 蛇の道は蛇。そう支倉は言ったが、その研究内容を聞いて理由が明らかになった。

 この秘密工房こそが、『ウ式合金』の開発拠点。


 支倉はそう目星をつけて調査を進めていたのだ。





「以上が、僕が知る限りの情報です」


 ひとしきり説明し終えると、支倉はそう言い、続けて秘密工房への潜入方法について話した。


 作戦は、支倉と冬馬が聖十郎たちを手引きし、工房の中へ潜入させる。

 施設潜入後は、聖十郎たちが独自に動き、巫剣及び人質の解放を行うというものだった。


「ここにさっき話した情報をまとめておいたよ」


 そう言うと、冬馬が一枚の紙片を渡してきた。


「工房内の情報をまとめてあるから、巫剣さんや八宵さんを探すのに役に立つと思う」


「ありがとう」


 聖十郎は紙片をうけとると礼を言う。


「では、作戦の決行は明日、深夜。それまではお休みください」


 神楽坂での会談は、支倉のその一言で幕を下ろした。






 先の支倉との会談後、聖十郎たちは冬馬の手配した旅館に身を寄せていた。


 時刻は昼間。

 唐突に訪れる不快感と共に目を覚ます。


「ふわぁ……、んん……」


 頭の中にミヅチの声が響く。

 以前と同様のジメリとした感覚、そして脳をまさぐられるような痛みが聖十郎を襲い、思わず顔をしかめる。



「なんだ、また起きたのか? 最近は妙に働くじゃないか」


 激しい頭痛に耐えながら、自身の精神に巣くう存在に話しかける。

 言葉を口に出すわけではなく、ただ想うだけで通じるというこの感覚に、未だ慣れずにいた。何しろミヅチが起きている間に限り、他の人に見えないミヅチの姿も、聖十郎にはありありと見えているのだから。


「なんだい、最近は軽口まで言うようになったんだねぇ」


「これだけ長くいるんだ。皮肉のひとつも言ってやりたくなる」


 そう返す聖十郎。


「何か用があって目を覚ましたのか?」


「用? 私が? 誰に? まさか君に用があるとでも思ったのかい?」


 大仰な、芝居かかったミヅチの口調。

 それは聖十郎の精神を逆撫でした。


「あっはっはっは、相変わらず愚鈍ぐどんだねぇ」


 再び頭痛がひどくなる。


「とはいえ、君の苦しむ顔を見たくてここにいるからね。君に用がないと言ったら嘘になるかも知れないねぇ」


「なら、もう十分味わったろう。さっさと眠ってくれ」


「つれないね。こっちは起こされたんだ。もう少し付き合ってくれてもいいんじゃないかい?」


「起こされた?」


 今までミヅチは自分で起きることはあっても『起こされた』と言うことはなかった。

 今までと状況が違う? 聖十郎はそのまま疑問を口にしていた。


「お前を起こすような存在がいるってことか?」


「何故そんなこと教えなきゃならないのかな?」


 図らずも突きつけられた問いに、不快感を示すミヅチ。その変化を聖十郎は見逃さなかった。


「お前が恐怖で目を覚ますような相手が、近くにいると言うことじゃないのか?」


 ミヅチの顔が怒りに歪む。


「君、私が何もできないと、何もしないと思っているのかな? なら、それは大きな間違いだよ? なんなら今すぐここで殺したっていいんだ」


「できるものならやってみろ。お前ごと死ぬ覚悟はいつでもできてる!」


 ミヅチをにらみつけ。

 その様子に興が削がれたのか、ミヅチは舌打ちをすると


「しばらく前にね、懐かしい匂いがしたんだよ。それで目が覚めた。まぁ君たちには分からないだろうけどね」


 そう言うとスッと姿を消す。



 頭痛が止んだのを確認すると、聖十郎は床から身体を起こした。

 痛みのためか、全身にひどく汗かいていた。

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