第13章 2話「問い」


 2人が隠れ家に戻ったのは、空が白み始めた頃だった。


 庖丁たちからの手紙を手に、隠れ家に戻る聖十郎と桑名江。

 その姿を見た城和泉が慌てて出てくる。



「主! 主!」


 城和泉が駆け寄る。


「どうした!? 何かあったのか?」


「これを見て!」


「これは、小烏丸の……?」


 あとからやってきた牛王が続ける。


「君たちの帰りを待っているときに、小烏丸の烏がそれを運んできたんだ」


「それよりも中を見て! たいへんなの!」


 慌てて文書に目を通す聖十郎。

 そこには、小烏丸たちが人質として軟禁されていると書かれていた。


「どういうことだ?」


「わからない。ただ、小烏丸がイタズラでこんなものを送ってよこすとは考えられないからね」


 神妙な面持ちの牛王。


「そっちは何か見つかった?」


「庖丁たちが手紙を残してくれていた」


「なんて書いてあったの!?」


 城和泉が慌てて確認する。


「それがめいじ館の巫剣は、支倉少佐に保護され、御華見衆は軍の指揮下に入ったと」


「どういうことだい? こっちの情報と話が食い違うね」


 内容のズレに思案顔の牛王。


「おそらくだが、庖丁たちも小烏丸も嘘の内容は残していないと考えている」


「どういうことでしょうか?」


 状況が飲み込めず桑名江が聞き返す。


「軍に保護された後、何らかの行き違いがあって軟禁状態になっているのか、それとも……」


 そこまで言って思案する聖十郎。


「一度、大尉殿に確認しよう。確か隠れ家に電信でんしんがあったな。それで連絡が取れるはずだ」





 電信を使っての数度の連絡。

 ようやく応答があったのは、昼を過ぎてのことだった。


 それからしばらく。そろそろ日も暮れる頃に、大尉が隠れ家にやってきた。



「お忙しところ申し訳ないです」


「かまわん。わざわざ電信を使ったと言うことは、それだけ急ぎの要件なのだろう?」


「はい。めいじ館と巫剣たちのことで……」


 大尉を見据え応える聖十郎。


「なるほど。その眼ある程度の事情は把握しているようだな」


「巫剣たちは、御華見衆は今どうなっているのでしょうか?」



 大尉の口から語られた内容、それは庖丁たちの手紙、そして小烏丸からの文書、そのどちらも正しかったことを証明した。


 御華見衆という組織は朝廷直属の組織であり、基本的には軍部とは別の指揮系統を持つ。現在総司令は不在だが、司令と副司令を頭に各地に支部を置き、禍憑の討伐に当たっている。

 そう言う意味で巫剣、そして御華見衆は軍事力ではなく、禍憑に対抗できる存在としてある。


 しかし、人よりも遙かに強い力を持つ巫剣は、軍部から見れば兵器や軍事力そのもの。過去に戦に参戦していたという経歴を持つものも多く、そのため軍部の一部からは兵器転用を望む声が上がっていた。


 ただ、巫剣本人たちにその意志はなく、ゆえに『百華の誓い』を立て、自らの力を隠し人の世に溶け込もうと努力してきた。


 聖十郎と桑名江に接触を試みてきた2人の記者。彼らが属するといった迦具土命は、正体不明の組織ではあるが、その本体は銘治政府もしくは軍にあると以前支倉龍臣が語っている。あくまで彼らの調査段階での話ではあるが。


 今回、めいじ館を街の人々が囲うという事件。

 これは巫剣の存在を明らかにして、人の世の影で禍憑と戦う存在から、世に認知された軍事力とするために迦具土命が仕組んだものと考えている。



 大尉はそう言った。


 そのため、支倉はいち早く行動を開始。

 巫剣たちの一時的な保護を行った。


 しかし、それだけでは世論を抑えられるとは考えていない。そう続ける。


 御華見衆という組織を軍の一部とすることで、管理された力という印象をつけることで、今回の事態の沈静化が図れるはずだと言う。

 傘下に入る件については、事前に御華見衆の副司令である丙子椒林剣と会談を持ち、現状機能不全に陥っている御華見衆の援助を行うという条件付きで行われたと聞いているとも大尉は付け加えた。



 ただ、予想外だったのが、軍側の巫剣を兵器としたい強行派の動きだった。

 彼らは御華見衆が軍の傘下に入ると見ると、自身の地位における強権を発動。

 人に刀を向けることを『百華の誓い』で禁じた彼女たちを次々と軟禁していったとのことだった。




「すまんな」


 話し終えると大尉はそう言った。


「いえ、大尉は何も」


「いや、俺がもう少しうまく立ち回れていれば、お前たちに情報を渡すこともできただろう。そうすれば副司令殿も軟禁のき目に遭わずには……」


「とはいえ、事態は急を要します。巫剣たちが動けない以上、ここで禍憑が出現すれば街に大きな被害が出る」


「そうだな」


「過分に政治的な問題は含みますが、彼女たちを助けるのが先決と考えます」


 聖十郎の言葉に大尉も頷く。


「まぁ、貴様ならそう言うだろうな」


 そう言って、聖十郎に1枚の紙片を渡す。


「これは……?」


「まだ開けるな。そこにはこれから貴様が行くべき場所が書いてある。まずはそこへ行って助力を仰げ」


 聖十郎を見据え、大尉が言う。


「それとな――」


 大尉が言葉を続ける。


「俺にはひとつ、ずっと気になっていることがある。急ぎではないのだが、俺もいつまでこうしていられるか分からんからな。次に会ったときにでも教えてくれ」


「……なん、でしょうか?」


 突然、大尉から向けられた頼みに驚く聖十郎。

 そんな様子も気にせず大尉が続ける。


「巫剣の敵は禍憑。そうなのだろう?」


「はい」


「では、禍憑がいなくなった後、巫剣はどうするんだ?」


「いなくなったあと、ですか?」


 思いもかけない質問に戸惑う聖十郎。



「どうするって、それは……」


 言葉に詰まる。


 その様子を見てか、大尉は言葉を続けず聖十郎の答えを待った。



「……そうですね。『百華の誓い』もありますし、人の世で過ごすのではないかと思いますが……」


 その曖昧な返答は、聖十郎自身も未だ巫剣という存在の本質を掴みきれていないという事実を再確認させた。


「ふむ。そうか。まぁ、そういうものなのかも知れんな」


 大尉が答える。


「すまんな、つまらぬことを聞いた」


「いえ、こちらこそ、正確にお答えできず」


 おぼつかない聖十郎の答え。

 その後、僅かな沈黙のあと、再び大尉が口を開く。



「なぁ、巫剣使い。そもそも巫剣とはなんなんだ?」





 核心を突く問いだった。

 大尉から発せられたその問いは、聖十郎の中に残った。


 その後、指示通り、馬車で神田を目指す聖十郎と城和泉たち。

 受け取った紙片を開くと、そこには神楽坂のものと思われる住所が記されていた。


「ここにいったい何が……?」


 その問いに答える者はおらず、言葉は夜の闇に消えていった。



<< 終章へ続く >>

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