第12章 2話「隠れ家での生活」


 隠れ家を大尉が去って数時間が過ぎた。


 聖十郎が身につけた時計で、時間は既に夜の12時を回っていた。


「ねぇ、主。これからどうするの?」


 不安げに城和泉が問うが、その答えを聖十郎は持っていない。

 大尉からかけられた言葉は桑名江だけでなく、城和泉や牛王からも余裕を奪っていた。


 めいじ館を見に行かせてほしい。桑名江はずっとそう主張していたが、聖十郎の説得に応じ、今は事態を静観しているように見える。


 民家と言えど、隠れ家。

 広くはない部屋に4人。それぞれが不安を抱えたこの状態は、雰囲気を重く息苦しいものへと変えていった。


 城和泉と牛王は、窓から外の様子をうかがっているようだが、桑名江は終始うつむいたままだった。

 なんとか声をかければいいか。

 聖十郎が考えあぐねていると、やおら桑名江が立ち上がった。


「すみません。主様。少し外の空気を吸ってきます」


 そう言って入り口から出ていこうとする。


 このままめいじ館に戻るのでは? 一瞬考えたが、すぐにそれを否定した。

 なぜなら聖十郎たちは、自分が今どこにいるかも分からないからだ。


 入り口の扉を開け、外に出ていく桑名江。

 その様子を見て、牛王が口を開く。


「いいのかい、隊長くん」


 それは桑名江を咎める言葉ではない。

 行って慰めなくていいのか、そう聖十郎に問う言葉だった。


「桑名江の気持ちも理解しているつもりだ。落ち着くために一人になりたいのなら尊重する」


 聖十郎も桑名江同様だった。

 めいじ館が現在どうなっているのか、他の巫剣たちは。

 その疑問ばかりが頭をよぎる。


 自分はどうすべきなのか、そう自身に問い続ける聖十郎だが、その問いに答えは出ないままだった。




 やがて静かに入り口の扉が開き、桑名江が戻ってきた。

 外の意空気を吸って落ち着いたのか、その表情にはどこか落ち着いた様子があった。



「主様」


 桑名江が口を開く。


「わたくしを、めいじ館に行かせてください」


 決意の籠もった声だった。

 てこでも動きそうのない強い芯からの言葉。


「外でずっと考えていました。これからどうなるのか、わたくしたちに何ができるのか。でもその問いに答えは出ませんでした」


 桑名江はそう続けた。


「現状が何も分からないですから当たり前なんですが……」


 そう言って自嘲じちょう気味に微笑む桑名江。


「ですので、誰かが答えを持ってきてくれるまで待てばいい。そう考えました。主様を信じて主様のおそばで、ずっと待てばいい。じっと耐え、いずれ来るその時まで主様をお守りしながら……」


 そう言った桑名江の顔はひどく寂しげだった。


「……」


 桑名江の言葉を待つ聖十郎。


「しかし、ひとつだけどうしても待てない、耐えられないことがありました。……それがめいじ館です」


 そう言うと、桑名江は真正面から聖十郎を見る。


「わたくしたちの家である、わたくしたちを家族にしてくれたあの場所が既にないなんて。そんなこと信じられませんし、信じたくありません!」


「桑名江……」


「ですから、めいじ館に行かせてください。きっと何か分かるはずです。家族のことが何か分かるはずなんです!」


 それは懇願こんがんともとれる、しかし強い意志の表れだった。


 多くを語らず、側に控え、ずっと聖十郎のことを第一に考え仕えてきた。

 自身よりも他のことを第一に考える。皆が幸せであるようにと強く願ってきた桑名江の、その彼女のわがままだった。



 じっと聖十郎を見つめる桑名江。

 その様子に、聖十郎は大きく一度息を吸うと一言だけ静かに答えた。


「……わかった」


 桑名江の願いに、これ以外答える言葉はない。

 いずれこうなるだろうという予感、いや確信が聖十郎の中にはあった。


「ありがとうございます!」


 その答えを聞いて、緊張が解けたのか表情が崩れる桑名江。


 しかし、問題はそのめいじ館にどうやって行くかだ。

 目的は決まったが、そこに行き着く方法が未だ分からない。


「しかし、どうしたものか……」


 続けて疑問を口にする。


「ここがどこだか分からない以上、めいじ館へは――」


 その言葉を、即座に牛王がさえぎる。


「分かるよ、隊長くん」


 そう言った彼女の表情には、待ってましたと言わんばかりの自信が見える。


「桑名江ならそう言うと思って、牛王と調べておいたわ」


 城和泉が続ける。


「城和泉さん!」


「まぁ、調べたのは主にわたしだけどね」


「なによ! 私だって協力したじゃない!」


 今までの重かった空気が嘘のよう華やぎ出す。狭い部屋に賑やかなやり取りが響く。


「周辺の地図を見つけてくれたからね。それに星とここまでの移動時間を使って、ある程度の位置を特定したよ」


「牛王さん! 城和泉さん!」


 うれしげに2人の名を呼ぶ桑名江。


「桑名江! めいじ館にいけるわよ!」


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