第12章「わがままを聞いて」

第12章 1話「名もなき家」

 聖十郎たち一行が身を寄せたのは、上野からしばらく離れた一軒の民家だった。


 表向きは普通の民家に見える。

 しかし、その家には表札もなく、生活感もない。

 簡素ではあるが非常食などが整えられたそこは、明らかに普通の家にはない異質さがあった。


「大尉殿、これは……!」


 その家屋の様子に思い当たる節のある聖十郎。


「そうか、貴様は士官学校の出だったな」


「はい」


「なら、説明せずとも分かるだろう」


「非常時の隠れ家、ですか……」


「そういうことだ」




 上野を出てすぐ馬車に乗せられることになった聖十郎たち一行。詳しい場所を知られるわけにはいかないと目隠しをされ、再び外の景色を見られたのは、この民家にほど近い通りだった。


 如何いかに顔見知りとは言え、目隠しをして馬車に乗せられることに城和泉たちは抵抗したが、聖十郎の説得により渋々了承。馬車を降りたところから更に20分ほど歩き、この民家に4人は身を寄せることとなった。



「この場所を知っている者は俺しかいない」


 聖十郎の疑問に答えるように、大尉が話す。


「つまり、軍にも知られていないわけだ」


 そう続ける大尉の言葉に、息を呑む聖十郎。



 しかし、そんな様子を尻目に城和泉と牛王が屋内を見て回っていた。


「どこなのよ、ここ……」


「うーん、そうだねぇ。移動時間くらいしか情報がないし、星の位置を測れば或いは……」


「ふ、2人とも。主様と大尉さんが……」


 様子を見かねた桑名江が2人の様子に困っている。



「大尉、それは……」


「別に軍規は犯してはいないぞ。ここはあくまで私邸だ」


 3人の緊張感のない会話と、大尉と聖十郎の神妙なやり取り。


「城和泉、ちょっと肩車してくれないかな? あそこに地図みたいなものがあるんだけど、届かないんだ」


「肩車しろってこと? まぁ、いいけど……」


「ふ、2人とも……」


 興味津々な城和泉と牛王をどうにか止められないかと、桑名江が小声で制する。



「なるほど。確かに私邸であれば……」


 大尉の返答に、重々しく頷く聖十郎。

 そのほど近い場所では、牛王を肩車した城和泉が不平を言っている。


「重いんだから、早くしてよね」


「それはすまないね。確かに君よりもわたしのほうが『ある』からね」


「何の話よ!」


 自分の上に向かって文句を言う城和泉。


「2人とも!」


 見かねた桑名江がそれを止め


「貴様らはいつもこうだな」


 大尉が呆れたように嘆息した。


「すみません……」





 聖十郎たち一行と大尉は、隠れ家の居間で座卓を囲んでいた。

 座卓の上には、先ほど桑名江が淹れたお茶が人数分用意されている。


 大尉はそれを一口すすると、感嘆の声を上げた。


「ほぅ、見事なものだな。ここには、それこそ食えればいい程度のものしか置いていないのに、れ方でここまで変わるものか」


「ありがとうございます」


 うれしそうに答える桑名江。


「ところで、大尉。私たちをここに連れてきた理由をそろそろ」


 聖十郎がうながす。

 先ほどの様子とは打ってかわり、城和泉や牛王も神妙な面持ちで卓についていた。お茶を飲みながらも3人が警戒をといていないのが聖十郎には伝わってくる。


「そうだったな。では手早く済まそう。まずはこれを見てくれ」


 そう言うと机の上に一枚の号外を出す大尉。

 日付は今日。紙面には大きく太い文字でこう書かれていた。


 ――『東京市民が化物に!? 正義の味方か殺人者か! 凶刃きょうじんを振るう組織の名は御華見衆』――




「これは……!?」


 紙面に踊る御華見衆や巫剣という文字に息を呑む聖十郎。


「今日の昼頃、突如とつじょ上野他、主要地区で配られた号外だ」


 大尉が続ける。


「読んで字のごとく貴様らのことが書かれている。こう言うものは暴露記事とでも言うのだろうな」


 城和泉、桑名江、牛王もその号外を信じられないという顔で見ている。


「あ、あの、お聞きしてもいいでしょうか……?」


 桑名江が口を開く。


「たしか、この手の情報は市民には伏せられていたはずでは……?」


 そう続ける。


「そ、そうよ。陸軍が情報統制をしているって聞いてるわ」


「そうだね。支倉少佐の部署が担当していたはずだよ」


 桑名江の疑問に城和泉と牛王も続く。


「全てその通りだ」


 しかし、3人の疑問にこともなげに返す大尉。


「では何故……」


 桑名江は、未だ現状が飲み込めない様子で戸惑っている。


「何故も何も、どこからか情報が漏れたんだろうな。それ以外考えられん」


「し、しかし……!」


 未だ現状を飲み込めない桑名江。



 聖十郎の脳裏には、先日街中であった男たちのことが思い浮かんでいた。

 自らを記者と名乗ってたあの2人は、確かに御華見衆や巫剣、禍憑の存在を知っていた。


 禍魂の気配もあったことから、間違いなく『敵』であろう。

 しかし、こうも早く行動に移せる者だろうか。


 なにより、号外に書かれた内容は深いところまで踏み込んではいないものの、誤りもなく、それ故確実に『知っている』者が書いたのが伝わる内容だった。

 あの2人が敵だったとしても知り得ないような情報が、号外には載っていたのだ。

 巫剣たちの名前が……。



「内通者でしょうか……?」


 真剣な面持ちで大尉に問う聖十郎。


「間違いないだろうな。だから貴様らをここに連れてきた」


「私たちが関係してるわけないじゃない!」


 自分たちが疑われている、そう考えた城和泉が反論する。

 しかし、大尉はすぐにそれを否定した。


「貴様らを疑っているわけではない。むしろ逆だ」


「逆、ですか……?」


 事情が飲み込めない。桑名江の言葉からそれが伝わってくる。


「なるほど。大尉殿は自分の属する組織を疑っているわけだね」


 察した牛王が言葉を続ける。


「その通りだ。軍組織のどこか、もしくは貴様ら御華見衆の上層に内通者がいるのだろうな。そもそも貴様ら自身はこんなことをしても何の得にもならんだろう」


「確かにそうね……」


 納得する城和泉。


「俺が以前、迦具土命に襲われたのは知っているだろう?」


 大尉が話を続ける。


「その入院中、時間があったのでな。俺なりにいろいろと調べたんだ。貴様ら巫剣のことや禍憑のこと、軍に残された資料を基にできるだけ多くの情報を集めた」


「そうだったんですね……」


 聖十郎は、以前大尉を何度か見舞った際に、彼が病床で事件資料を読みふけっている姿を見ていた。


「調査というのは病室での……」


「そうだ。退院後も独自にいろいろ調べはしたがな」


 言葉を続ける大尉。


「とにかくだ。しばらく貴様らにはここに潜伏して貰う。食糧ならもつはずだ」


「そんな勝手な!」


 大尉の決めつけろような言い分に異を唱える城和泉。


「私たちにだって事情があるのよ? そもそもめいじ館の明日の営業はどうするのよ!?」


「そ、そうです!」


 桑名江も続ける。


「それに、めいじ館はどうなったんですか? 人に囲まれていたようですし、あのままでは……」


 帰る場所。自分たちが家族となる家。

 めいじ館をそう感じていた桑名江にとって、ここに来る前に見ためいじ館の状況は受け入れがたいものだった。


 黒山の人だかりに囲まれ、心ない言葉を浴びせられる。

 自分たちの、家族の家としてのめいじ館がそのような状況におかれているのを、桑名江が放ってなどおけるわけがなかった。


 しかし、大尉から告げられた言葉は、あまりにも残酷なものだった。


「あの店のことは諦めろ。……おそらく、もうない」


「え……」


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