第11章 2話「散歩に出かけよう」


 その日は快晴だった。

 未だ日差しは夏のままだが、吹く風がわずかに秋の気配を運んでくる。


 城和泉正宗、桑名江、牛王吉光と聖十郎は近くの公園への道を歩いていた。


 上機嫌で、ついて来いとばかりに先頭を行く城和泉。その手には前日から仕込んでいた自慢の弁当が入ったかごを下げている。

 聖十郎の横を歩く桑名江の手には、公園で広げるための敷布やお茶の入った水筒。


 その後ろを、牛王が少し遅れて悠々とついてくる。



 程なく目的の公園に着く4人。

 日和のせいか、人出も多く敷布を広げる場所を探すのに難儀したが、運良く空いていた大きな青葉の下、木陰に落ち着くことができた。



「さ、どうぞ、主様」


 重箱を広げ、聖十郎に勧める桑名江。


「昨日の晩から用意してたんだから、味わって食べてよね」


 城和泉が心持ち不安げな表情で聖十郎の顔を伺っている。


「こっちは城和泉に付き合わされてたいへんだったよ」


 いつもの調子で牛王が続ける。


 三重の重箱にぎっしりと詰まった色とりどりの惣菜。彼女たちが如何いかに手間と心を込めて用意してくれたかが、聖十郎には手に取るようにわかった。


「これはすごいな。ごちそうじゃないか」


 心からの言葉だ。


「でしょ? 頑張ったんだから」


 先ほどの不安顔はどこへやら、一転自信満々の表情になる城和泉。

 その様子に、「よかったですね」と桑名江が続け、牛王はいつそのことでからかってやろうかと笑いをこらえている。



 青々と茂る大樹。その傘の下、木漏れ日を受けながら穏やかな時間が流れていった。




「みんな、今日はありがとう」


 畳んだ敷布をまとめながら聖十郎が言った。


「俺のためにここまでしてくれて、うれしかった」


「な、なによ、急に改まって」


 突然の聖十郎の言葉に、虚を突かれ、動揺する城和泉。


「隊長くん、そういうのは改まって言ってほしいな」


「ああ。すまん。気が利かなくて」


「いいよ、言ってくれただけでもね。でもそうだなぁ。そこまで感謝してるなら今晩――」


「牛王さん」


 桑名江がやんわりと遮る。


「さ、片づけも終わりましたし、そろそろ帰りましょうか」


「じゃぁ、帰りは俺が荷物を持つよ」


 そう言うと敷布や籠を持ち上げようとする聖十郎。

 しかし、すぐに城和泉と牛王がそれを取り上げる。


「隊長くん、帰りはわたしと城和泉が持つ約束だったじゃないか」


「そうよ、主。今日は主の慰労も兼ねてるんだから、荷物持ちなんてさせられないわ」


 その様子を見て微笑む桑名江。





 帰り道。

 めいじ館にほど近い通りに差し掛かると、めいじ館の方から人々の声が聞こえてきた。


「何の騒ぎだ?」


 不審がる聖十郎。


「なんでしょうね」


「私、ちょっと見てくるわね」


 そう言って城和泉がめいじ館の方に走り出そうとするのを、牛王が制する。


「待って、城和泉。様子がおかしい」


 その緊張が混じった声色に、ただ事ではないことを察する城和泉。

 めいじ館の様子を伺おうと聞こえてくる声に耳を澄ます。



 ――……けも……な!! ……しゅうを……!!――


 周囲の雑音に混じって途切れ途切れにしか聞こえないが、しかしその声ははっきりと言っていた。


 ――化物を許すな!! 御華見衆を許すな!!――


「どういう、こと……?」


 人々のあげる声の内容に混乱する城和泉。一般の市民が御華見衆の名を口にし、しかもそれをめいじ館の前であげている。


「この状況は……」


 その内容に聖十郎も何が起こっているか判断をあぐねている。


「やっぱり私、確認してくる!」


 かけ出そうとする城和泉を、再び牛王が制する。


「落ち着こう、今行ってもわたしたちにできることはない」


「でもっ!」



 制止を振り切ろうとする城和泉に、路地から出てきた男が声をかける。


「そいつの言うとおりだ。今は大人しくしていた方がいいだろう」



 低く、威厳のある声。

 路地から出てきた男を聖十郎は、いやここにいる全員が知っていた。


「大尉、殿……」


 聖十郎の同窓・古島冬馬の上官であり、現在は陸軍省軍務局所属の軍人。


「詳しい話はあとで話す。まずはこちらに来い」


 そう言うと、彼は路地の奥に歩いて行く。

 それは聖十郎たちが帰るべきめいじ館とは真逆の方向、薄暗く行く先も分からぬ咲へと続いていた。




 大尉に連れられその場を後にする一行。


 どことも知れぬ場所へ向かう道すがら、黒山の人だかりに取り囲まれためいじ館は、ひどく遠くに見えた。




 << 第12章へ続く >>

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